訳アリなの、ごめんなさい
「そろそろね。殿下との夜のお務めを受け入れようと思っているのだけど」

妃殿下の言葉に持っていたカップをポロリと落としかける。


そんな私をみて彼女はクスクスと笑った。


「いつまでも、お待たせするわけにはいかないでしょう?」

「たしかにそうですが、でも」

大丈夫なのか?という言葉は飲み込んだ。
それを理解した彼女が一口お茶を飲んで、にこりと笑う。


「嫁いだ時から、いえこの身分に生まれてしまったからには覚悟していることだもの。
これほど猶予をいただけただけでも贅沢だわ。随分と殿下に甘えてしまって、申し訳ないくらいだわ」


「そう、ですか」

身分を出されたら、私から言えることは何もない。
彼ら王族には、我々貴族以上に選択権がないのだ。そして幼い頃から叩き込まれてきたその役目も。


「そんな顔をしないで?前ほど殿下の事を嫌いではないのよ?」

驚いて彼女を見返せば、妃殿下はわずかに肩を竦めた。

「まだ数週間しか経っていないけど、とても良い人だという事はわかるもの。
婚姻の申し込み方はともかく。
お心がきちんと通って部下思いでいらっしゃるし頭もいい。
それにどこか無邪気で可愛らしく思えてしまうから、不思議よね」

その言葉には、取り繕う様子も無理を押している様子もなくて、自然と肩から力が抜けるような気がした。

「そう言っていただけますか」

ほっと息を吐く。彼女ならいずれはあの殿下の純粋な面に気がついてくれるとは分かってはいたが、それでも安堵は隠しきれなかった。

「ふふ、何より私をとても愛して下さっているのだもの。やはり女は愛される方が幸せだと思うのよ。だから、私も精一杯殿下を愛せるように努力したいの」

まだ努力段階なのかと、突っ込みたくなるが、それでも最初に比べると上々である。

「うれしいです。
きっと素晴らしいご夫婦におなりです」

「ふふ頑張るわ」

そう彼女は穏やかに笑った。

そして、唐突に
「そうだわ」と言って彼女はカップをソーサーに戻した。


「アーシャは?ブラッドとは進展があって?」

「あのいえ、私は」

いつもの興味深々、と言うよりは心配しているような口調で聞かれて、私は咄嗟に口籠る。

「彼に気持ちはあるのでしょう?」

「っ、、、」

彼女の澄んだ青い瞳にジッと見つめられ、なぜか逸らす事が出来なかった。

「はい。ですがお断りしましたので」

「まぁ何故?お似合いだと思うわ」

私の言葉に意外そうに彼女は声を上げた。

妃殿下の良いお話の後にこんな話をするのが申し訳なくて、私は肩をすくめる。

「家庭の事情で、私と結婚する事は彼にとってメリットが少ないのです。それどころか重荷になるかもしれなくて」

言っていて泣きそうになった。

そんな私の顔をセルーナ妃は悲しそうな瞳でみつめている。お優しい方だ。

「そう、ごめんなさい、変なことを聞いたわね」

少し肩を落として、詫びられて、私は慌てて背筋を伸ばす。


「いえ、ご心配をいただきありがとうございます」

この時、セルーナ妃が簡単に引いた事に安堵して、私は気づいていなかったのだ。

この時の私の言葉により、大きく事態が動くことを。
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