訳アリなの、ごめんなさい
彼は今までのやりとりを聞いていたのだ。
言葉が出なくて、手も震えて、私はゆっくり後ずさる。
しかしそんな私に、彼はツカツカと近づいてきて、その震える手を取ると、その場に膝を着いた。
視界の端で叔父と叔母が退室していくのが見えた。
「俺は解消するつもりはない。お前が首を縦に振らないのならば、一生婚約者のままでいるつもりだ。たとえ叙爵する予定の伯爵の地位を捨ててもだ」
まるでプロポーズをするような格好で、これは脅迫だ、私が彼と結婚しなければ彼は命をかけて掴んだ功績を不意にしてしまうのだ。
他の女性とも結婚出来ない上、跡取りも残せない。
彼の事を思うのなら彼と結婚するのが最良ということになってしまったのだ。
彼は、自分の将来を人質に私を脅している。そんなバカなことがあるのだろうか。
声も出せずにいる私を彼はしばらく見上げていた。その瞳は強い光を宿して、決して揺るがないと物語っている。
しばらく黙っていると、彼が一枚の紙を胸元から出した。
それを開いて見せられて。私は更に驚愕する。
結婚証明書だった。
彼の名前と、彼の父であるストラッド伯爵の名前
一箇所の空欄の下に私の後見人として叔父の名前
そしてその下、結婚保証人の欄には
ラドルフ・ジェームス・アンダート・トラネスト
王太子殿下の署名と印象がしっかりと刻まれている。
おいそれと破り捨てられるものではない。
「ひどいわ!」
ヘタリと座り込む私に、彼が一瞬傷ついたように眉を寄せる。
「わたしが、それでも嫌だと言ったらどうするの?」
「君は嫌だとは言えないよ」
帰ってきたのは、冷ややかな、声だった。
「嫌だわ」
反抗するように、私はキッパリと声を上げる。ついでに彼をしっかり睨みつけた。
彼はそんな私を静かに見下ろして、そして一つ大きく息を吐いた。
「では俺は生涯独身だ。君もね。俺としては君が他の男の物にならないだけでも十分価値がある」
事実を正しく告げるようにゆっくりとそう言った。
「そんな!叙爵はどうするの?」
彼は確か婚姻と共に爵位を得る。そういう決まりだったはずなのだ。
「君が手に入らないのならそんな物は興味ないな。」
「命をかけて頂いた功績でしょう?」
それをそんな風に!?信じられない思いだった。
「あんなの、婚約破棄をされて自棄を起こした末のものだよ。死んでもいいと思ってたんだ。だから思い切って敵陣に突撃できた」
吐き捨てるように彼は言った。心底どうでも良さそうに、、、。
「そんなっ!」
彼の口から出た、あまりに非情な事実に絶句するしかなかった。
本当に彼は、わたし以外はどうでもいいというのだ。
「なぜ、どうしてそこまで」
「言っただろう。俺はアーシャが全てだ。一度は失ったと思ったんだ。でもそうじゃなかった。だったらまた手元からいなくなってしまう前に手に入れる」
今まで冷たく光っていた彼の瞳に、わずかな怒りがこもっていた。
「私の意思は無視なの?」
「完全に、無視しているわけではないと思うが」
ハッキリと言われた彼の言葉に、私は言葉に詰まった。
それを肯定と取ったのだろう、彼の手が髪に伸びてきて頬にかかった髪を耳にかけると、その大きな手が頬を撫でた。
これまでの冷徹な言動がうそのような優しい手つきに、目の奥が熱くなる。
泣くものかと歯を食いしばるが、はらりと瞳から涙が落ちてしまう。
それを彼が指ですくい取る。
「諦めて、ここに署名しろ。何しろ証人は殿下だ。お互い後には引けん」
ダメ押しだとでもいうようなそれは、殿下に仕える身の私には絶対的な命令そのもので、怒りと、絶望感で震えるように署名するしかなかったのだ。
言葉が出なくて、手も震えて、私はゆっくり後ずさる。
しかしそんな私に、彼はツカツカと近づいてきて、その震える手を取ると、その場に膝を着いた。
視界の端で叔父と叔母が退室していくのが見えた。
「俺は解消するつもりはない。お前が首を縦に振らないのならば、一生婚約者のままでいるつもりだ。たとえ叙爵する予定の伯爵の地位を捨ててもだ」
まるでプロポーズをするような格好で、これは脅迫だ、私が彼と結婚しなければ彼は命をかけて掴んだ功績を不意にしてしまうのだ。
他の女性とも結婚出来ない上、跡取りも残せない。
彼の事を思うのなら彼と結婚するのが最良ということになってしまったのだ。
彼は、自分の将来を人質に私を脅している。そんなバカなことがあるのだろうか。
声も出せずにいる私を彼はしばらく見上げていた。その瞳は強い光を宿して、決して揺るがないと物語っている。
しばらく黙っていると、彼が一枚の紙を胸元から出した。
それを開いて見せられて。私は更に驚愕する。
結婚証明書だった。
彼の名前と、彼の父であるストラッド伯爵の名前
一箇所の空欄の下に私の後見人として叔父の名前
そしてその下、結婚保証人の欄には
ラドルフ・ジェームス・アンダート・トラネスト
王太子殿下の署名と印象がしっかりと刻まれている。
おいそれと破り捨てられるものではない。
「ひどいわ!」
ヘタリと座り込む私に、彼が一瞬傷ついたように眉を寄せる。
「わたしが、それでも嫌だと言ったらどうするの?」
「君は嫌だとは言えないよ」
帰ってきたのは、冷ややかな、声だった。
「嫌だわ」
反抗するように、私はキッパリと声を上げる。ついでに彼をしっかり睨みつけた。
彼はそんな私を静かに見下ろして、そして一つ大きく息を吐いた。
「では俺は生涯独身だ。君もね。俺としては君が他の男の物にならないだけでも十分価値がある」
事実を正しく告げるようにゆっくりとそう言った。
「そんな!叙爵はどうするの?」
彼は確か婚姻と共に爵位を得る。そういう決まりだったはずなのだ。
「君が手に入らないのならそんな物は興味ないな。」
「命をかけて頂いた功績でしょう?」
それをそんな風に!?信じられない思いだった。
「あんなの、婚約破棄をされて自棄を起こした末のものだよ。死んでもいいと思ってたんだ。だから思い切って敵陣に突撃できた」
吐き捨てるように彼は言った。心底どうでも良さそうに、、、。
「そんなっ!」
彼の口から出た、あまりに非情な事実に絶句するしかなかった。
本当に彼は、わたし以外はどうでもいいというのだ。
「なぜ、どうしてそこまで」
「言っただろう。俺はアーシャが全てだ。一度は失ったと思ったんだ。でもそうじゃなかった。だったらまた手元からいなくなってしまう前に手に入れる」
今まで冷たく光っていた彼の瞳に、わずかな怒りがこもっていた。
「私の意思は無視なの?」
「完全に、無視しているわけではないと思うが」
ハッキリと言われた彼の言葉に、私は言葉に詰まった。
それを肯定と取ったのだろう、彼の手が髪に伸びてきて頬にかかった髪を耳にかけると、その大きな手が頬を撫でた。
これまでの冷徹な言動がうそのような優しい手つきに、目の奥が熱くなる。
泣くものかと歯を食いしばるが、はらりと瞳から涙が落ちてしまう。
それを彼が指ですくい取る。
「諦めて、ここに署名しろ。何しろ証人は殿下だ。お互い後には引けん」
ダメ押しだとでもいうようなそれは、殿下に仕える身の私には絶対的な命令そのもので、怒りと、絶望感で震えるように署名するしかなかったのだ。