ふたつの愛し方
「朱希ちゃん、先に仮眠取っておいで。緊急呼び出しもあったって聞いたから」


手術が終わってから片付けを済ませた後、西山さんが声を掛けてくれて、ありがとう。


この病院には、2つの仮眠室がある。

3階は広くベッド数も多く、給湯スペースと冷蔵庫があって殆どの人はこっちを利用している。

勤務前に英介と私が居たのも3階。

もうひとつは、8階の院長室の斜め向かいにあってベッドも2つしかなくて、狭いけれど夜中の人の出入りは少ない。

落ち着かない私は、夜勤の時は8階を利用している。


そっとドアを開けると、壁側にあるベッドの間のソファーに英介が、長い足を組んで座って、スマホを弄っていた。


「お疲れさま。やっぱり、こっちに居た!」


「ああ…お疲れ。夜中の3階は人の出入りが激しくて…落ち着かない」


そうだね、と言ったタイミングで……私のお腹の音が鳴ってしまって、静かな仮眠室に英介の笑い声が響く。


そんなに笑わなくても。

隣に座ると、半分やるよ。

4つパックのおにぎりを、テーブルに出してくれる。


「ありがとう。いつ買いに行ったの?」


「急患が来る前に。朱希のお茶も缶コーヒーも買ってきたから」


私が好きな銘柄のだよ。

わざわざ買って来てくれたのは、もし仮眠時間が重ならなくても、私がこっちを利用しているって、知ってるから置いとくつもりだったってことだね。


嬉しくて……

ありがとう、と。

英介の腕に手を添えて、自然と笑顔になっていた。

それを、可愛い、と。

英介の唇が、私の唇に重なった。


「……帰ってからじゃなかったの?」


「朱希が、可愛いからキスしたくなった……」


バカっ!と返すと、もう一回って言うなよ。


「止まらなくなる……」


「わかってるから」



おにぎりを食べながら、オペ前の意味を訊いてみる。


「私がね、オペの時に隣に立つと…朱希って言うのどうして?」


「あれな……朱希の手が少し震えてるから、毎回。落ち着けって意味」


「そうだったんだね。今だに震えるけど、英介が朱希って言ってくれると、震えが止まるんだよ」


「それなら毎回、朱希って言ってやるよ」




また、ベッドで抱き合って。


1時間くらいだけ、おやすみ。

うん、おやすみ。


温かい腕の中、ずっとこのまま眠っていたい。

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