ふたつの愛し方
仮眠室から戻ると、急性虫垂炎の患者さんが目を覚ましていた。


「もう意識もはっきりしてるわ。私は仮眠取りに行くから、北河先生を呼んでくれる?」


西山さんに頼まれて、英介専用コールを鳴らす。


すぐに行く、と言った声はもう仕事の声だ。

さっきまで一緒に居た時の声とも、俊也と3人の時の声とも違う、同じく低いけれど冷静さの混じった声。

普段の甘い優しい声も好きだけど、この声も好きなんだよね。


救命の病床でーーー。


「炎症が酷く急遽、開腹手術に変更させて頂きました。入院期間も長くなります。負担をかけてしまいます、申し訳ありません」


患者さんの横で、頭を下げる英介の横で私も頭を下げる。

頭を上げて下さい、患者さんの言葉に同時に頭を上げると、


「適切に対応して頂いてありがとうございます」


いいえ、と。

午前中には、一般病棟に移って経過を見させて頂きます。

英介の説明を終えると、もう一度頭を下げて救命を後にして行った。


「北河先生でした?僕の手術をしてくれたのは」


はい、そうです。

患者さんに答えると、優秀な方なんですね。

この言葉に誇らしくなる。

どんな困難な手術でも、患者さんに英介を良く言ってもらえると。


「僕は身体が弱く、若い時はよく入院していたんです。患者さんに、頭を下げた先生は北河先生が初めてです」


「そうだったんですね。北河先生は優秀ですが、決して鼻に掛けたりしない方ですから」


素敵な先生ですね。

患者さんの言葉のひとつひとつが、本当に嬉しい。


患者さんの傷口のガーゼを替えながら、顔が綻んでしまっていた。


そこへーーー。

また救命のコールが鳴る。

ガーゼを替え終えて、救命の看護師さんに声を掛けて、手術室に急ぐ。

患者さんが私を追う視線を感じながら。

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