ふたつの愛し方
《英介》


梅雨間近の生温い風を肌に感じるようになった頃ー……ー…。


華世が戻って来る。

近藤には話したけれど、詳しいことは俊也には話していない。

ただ、朱希を頼む、とだけ伝えた。


院長室の横の応接室のドアを開けると、親父と理事長が座っていて、

その横に、英介さん、と目をキラキラさせた華世が座っていた。


「いよいよだな。英介が華世さんと結婚して、この病院を経営してくれる時が近付いてる。楽しみだよ。同意してくれるな?」


溜め息をグッと呑み込んで、今では金の亡者になった親父を見据える。

尊敬していたけれど、今は軽蔑している。

経営が赤字なわけじゃない。

寧ろ、今は黒字のはずだ。

にも関わらず、買収されて何のメリットがある。


「考えさせてくれ」


今、華世が居る前で親父と言い合う気はない。

ここで今、逆上されたら面倒だ。


「まだ時間はある。ゆっくり考えたらいい」


今すぐに答えが欲しいくせに、親父の横で胡散臭い笑みを浮かべている理事長の手前か、そんなことを言いやがって。


わかった、と言えば満足気に笑う。


「英介さんと働くの楽しみだわ。私は一日も早く結婚して、病院を守り立ててたいの」


病院と俺の腕が欲しいだけのくせに。

華世の猫なで声も腹が立つ。

今は泳がせて本性を暴いてやる。


「そうだな、華世」


相変わらずの胡散臭い笑顔の理事長も、華世と同様だろうな。


明日から働いてもらう。

親父は決定事項を述べて。

俺に、案内しろ、と。


「悪いが、夜勤明けなんだ。看護師長にお願いしてくれ」


早く、この場から逃げたかった。

夜勤明けの身体は重く、仮眠時間も朱希とは合わず、睡眠薬もあまり効かなくなって仮眠も全く出来なかった。

流石に、朱希に会わないとキツい。


「あら…ゆっくり休んでね。英介さんが倒れたら心配だわ」


お前には心配なんかしていらねぇよ。

心の中で呟いて作り笑顔で、ありがとう。

すいません、失礼します。


病院を出てすぐに、夜勤明けで帰ってるはずの朱希に連絡を入れた。


「今から帰る、何か食わせてくれ」


もう限界だ。

朱希の温もりで寝かせてくれ。
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