ふたつの愛し方
何年かぶりに、8階の院長室に足を踏み入れた。

ナースステーションで訊いたら、ここに居るって言われたんだよね。



「どうしたんだ?珍しいな」


ノックして、どうぞ、と低くて甘い声に導かれて、デスクの椅子に座っていた北河くんは、手元の書類から顔を上げてくれた。


「お願いがあって……俊也とのこと聞いてると思うんだけど……ちゃんとね、逢えてなくて……今、俊也がオペしてる所を見たいなって……いいかな?」


「いいよ。見に行っておいで。にしても……寂しいなら寂しいって俊也に言わないとな。強がるなよ。近藤は邪魔だとか迷惑って思ってるのかもしれねぇけど、俊也はそんな事を思うような小さい男じゃない。寧ろ、器は底無しに大きい。ちゃんと言え、近藤の気持ちを」


そうか………俊也の器量の大きさを見くびってた。

自分の気持ちを隠して、可愛い幼なじみの恋を見守れる人で。

何年も幼なじみを想い続けているのに、私の気持ちを受け入れてくれた人だよね。


「ありがとう。今日、ちゃんと伝えてみるわ」


「たぶん、アイツは俺が言わないと今日も病院に泊まるかもしれないから…俺から夕方には帰るように言っておくよ」


「いいの?ありがとうね」


ほらっ、早く行かないとオペが終わるぞ!

声で背中を押されて、北河くんから専用のカードキーを借りて、手を振って、手術室の展望部屋に駆け込んだ。


奥二重の切れ長の瞳が、見たことないくらい当然なのかもしれないけれど……真剣で、普段は見せない鋭さがある。

素人の私でも凄いと思える手捌き。


ん?隣に居るのは朱希?

朱希も俊也の動きを予測して、自分の手元を見なくても次に使うだろう器具に、手を添えていて、俊也の手元から目を逸らすことはない。

よくわからないけれど、手術室看護師の主任を任されるだけあって、腕は一流なんだね。

俊也に惚れ直し、朱希を親友として誇りに思った。

生々しい光景だけど魅せられていた。


オペが終わったらしい時、ふと下から上を見た朱希と瞳が合って微笑んだと思ったら…ー…

肘で隣の俊也に合図してくれて、上を指で示してくれるもんだから、上を見た俊也とバッチリ瞳が合わさって、微笑んでくれた。

その微笑みが、とても優しくて。

小さく手を振っていて、声には出さずに。

だ・い・す・き、と言っていた。

マスクをしていてわからないけれど、口角を上げてまた微笑んでくれた?


ーーー…ーー。

「見て来たよ。見せてくれてありがとう。カッコよくて惚れ直した」


院長室へカードキーを返しに来て、北河くんにそう話すと、よかったな、と。


「朱希もすごいね!よくわからないけれど……完璧に器具を渡してた」


「そうだろ。器械出しだけじゃなく、指示を出さなくても、外回りの役割もやってのける。オペ看としては一流だ」


ものすごく、愛おしそうに言うんだから。

北河くんは、かなり朱希に惚れてるね。

だから、、、朱希をよろしく。


「ああ、任せとけ。俊也をよろしくな、支えてやってくれ」


「うん!任せて!今日はありがとう」


院長室を出て、薬局に戻るまで顔は綻んだままだった。
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