燕雀安んぞ天馬の志を知らんや。~天才外科医の純愛~

「Selamat Pagi!」

 おはよう、と言うと、待っていた様子のロマナンさんが苦笑する。
 私はロマナンさんの言語は得意ではないが、ロマナンさんと出会って勉強し、簡単な日常会話ならできるようになった。

「Tsubame! lambat」
「Maaf」

 遅い、と言われ、ごめん、と謝る。ロマナンさんは意外と時間に厳しい。外国人が時間に緩いと言ったのは誰だろう。国と言うより、人によると思う。

 少し話しながら二人で不動産屋に行き、手続きを一緒に行った。
 私は言語より手続き自体の方が少し不安だったのだけど、日本人が一緒にいるということで、不動産屋のスタッフの方も安心して対応してくれた。

「よかった、手続きできて」
「Terima kasih」

 ありがとう、とロマナンさんは言う。私はにこりと笑うと、いいえ、と言った。

 二人で分かれ道まで歩いていると、ロマナンさんが持っていた先ほど手続きした紙が一枚、風で飛ばされてしまった。私は飛び上がってキャッチを試みたが、紙は掌からするりと抜けて、さらに遠くへ行ってしまう。

「ちょっと待って。拾ってくる」

 思わず日本語で言ってしまいながら、それを追いかける。とっさの言語が出なくても、なんとなくわかったようで、ロマナンさんは頷いた。

 ちょうど道路上に紙が落ちてしまい、車通りの少ない道だったので、前後を確認してからそれを拾った。

「あったよ」

 そう振り返って笑った瞬間、ちょうど死角になっていたわき道から、通り抜けしようとした車が一台。勢いよくこちらに向かってきて、それを見た瞬間、私はそのまま意識を手放した。

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