燕雀安んぞ天馬の志を知らんや。~天才外科医の純愛~

「別に悪いことじゃないんじゃない。あのときの記憶はきっと『忘れたかった記憶』でしょう。これはこれでいいのかと思ってた」

「それだけならいいけど、それ以外も全部思い出せないのは……あまり僕としてはいいとは思えないんだ。完全に幼少期~中学生までの人格が別れてる。今のつばめさんだね」
「だめなの?」

「小さい時って、たくさんのものが好きになったり、甘えたり、すぐ泣いたり、思ったことをはっきり言ったりするだろう? でも大人になると、これはいいとか、悪いとか、経験から自分で律していく」
「私も確かにそうだったな」

「でも愛する相手や信頼できる相手が見つかると、その人にだけは、そういう弱い部分をまた見せられるようになっていったりする。それは、小さい時の記憶がきちんと自分の中で消化できているからだ。それを、今回みたいに人格を分けてしまうことで、消化できてない、……つまり、そういう記憶や経験のない状態の大人になる」

「……」
「もともとつばめさんは、病院のため、と言って、自分でなんでも頑張ろうと走ってきていた。誰かに甘えることはほとんどなかったはずだ。でも好きな人ができたら、変わったはずだった。特に彼女は小さい時は、今見ている限り、そういう部分が人よりはっきりしてたからね。でも、人格をすっぱり分けてしまって大人の人格だけになると、それを人に出すのがもっと難しくなる」


「つまり、つばめちゃんの記憶が戻った後、これまで以上に、つばめちゃんは人を好きになりづらくなるし、誰かに甘えられなくなるし、素の部分を人に見せられなくなるってこと?」


「まぁ、簡単に言えばそういう事だね。それにそれを無理やり出させようとすれば、いらない記憶もおまけでついてくるだろうし」

 記憶とは不思議なものだ。
 でも小さな頃の記憶が、はっきりと思い出せなくたって、今の自分を形作っているのは確かだ。
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