燕雀安んぞ天馬の志を知らんや。~天才外科医の純愛~
17章:なくなって、始まった奇跡(一条 side)

 それからつばめちゃんは、大熊さんに会って、
 あの日のこと、思い出したようだった。

「つばめちゃん?」
「よかった……。まだ、あたしでいられてる」
「え?」
「本当によかった」

 泣きそうな顔でそう言ったつばめちゃんの顔を見て、
 ふと、工藤先生の言葉が頭に浮かぶ。


『彼女自身が『知りたい』って思えば、そのままではいられない。その日も近い気がするんだ。とくにつばめさんは、また3か月の記憶をなくして、それより前の、大人の記憶が戻ると思うから』


 彼女は彼女で、工藤先生が言ったように、何かを感じ、
 自分の記憶の存続を危ぶんでいるようだった。


「思い出したの……。全部じゃないけど」
 泣きそうな顔のままでつばめちゃんは言う。「あたし、男の人に無理やり、そういう事されたんだ」

「もういい。思い出すことなんてない」
「……そっかぁ」

 私はぎゅう、と目を瞑る。
 つばめちゃんは、そっかぁ、と繰り返す。

「……拓海が最初の相手だったら良かったなぁ」
「つばめちゃん……」

 そうだよね。
 私たちも、みんな願ってた。

 彼女のたった一つの希望すら、どうしてこの手でかなえてあげられないんだろう。
 私はいつのまにか自分の拳を強く握りしめていた。

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