燕雀安んぞ天馬の志を知らんや。~天才外科医の純愛~

 それからさらに天馬の様子がおかしくなった。

 あの日のことを思い出したつばめちゃんが、男の人に、そして天馬にも触れられるのを怖がるようになったのが大きな原因だったのだろう。


 夜勤明け、いつものように屋上にいる天馬の横に立ち、
 私は天馬のマンションを見つめる。


「つばめちゃんの様子、どう?」
「……」

 天馬は私の問いに答えずに、
 マンションではなく道行く人たちをじっと見つめていた。


「……あんたさ。顔、怖いよ」


 私は息を飲んで続ける。「犯人見つけてどうするつもり?」


「一条には関係ない」
「そりゃ私だって……医者がこんなこと言っちゃいけないってわかってるけど、そんな奴死ねばいいって思ってたよ」


 私はまっすぐ天馬を見つめた。
 そうだ。私だって犯人のこと、心底恨んだし、憎んだ。

 人の命が自分の手の中にあるような気がする、
 そういった類のおごりもあったのかもしれない。

 そんな気持ちに気づいて、私は心底自分にがっかりしたのだ。


「実際つばめちゃん自身はその記憶を思い出して、犯人のこと恨んでた? あのなんでも思ってること言っちゃう子は、犯人に対して何か言ってたの?」
「それは……なにも言ってないけど」
「天馬は恋愛となるとバカだけど、つばめちゃんにまっすぐだったでしょ。前のあんたの方が今よりよっぽどよかったよ」


 医者なんて職業やってれば、どこにぶつければいいのかわかんない感情をいつも持て余す。
 でも、工藤先生に言われて気付いた。

 天馬も、私も、これ以上不幸にしかならないほうに天秤を傾けちゃいけない。


 天馬。私はあんたのことも、守りたいんだよ。役にたたない幼馴染かもしれないけど、誰よりも長くそばにいた。これくらいのお節介はさせてよ。
 天馬はそんな私の目を、ただ静かに見つめていた。

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