燕雀安んぞ天馬の志を知らんや。~天才外科医の純愛~
母は、大丈夫? と心配そうな顔で私の顔を見た。
「なにが?」
「今日もう退院でしょう。どこに帰るの」
「どこって、うちに」
「うちって?」
そう言われて、あぁ、とつぶやく。
そういえば、天馬先生が、『入籍して一緒に住んでる』って言ってた。
つまり、私の家はもう、父母のいる家ではない、という事か。
「記憶戻るまでうちに戻っちゃダメ?」
「うーん、と言ってもなぁ…」
父は渋い顔をする。普通にいいよ、と言ってもらえると思っていたのに、どうしたのだろう。
すると、母までもが、
「そうねぇ……お母さんも天馬先生と一緒のほうが安心かな。お父さん、これからどうしても外せない学会なのよ」
そう言われて父を見ると、父は頷いた。
父母としては、医師不在の家よりも、天馬先生と一緒の方が安心できるらしい。
私は顔をしかめる。
身体自体には大きな異常のない私の退院は、今日の昼だ。
心療内科の工藤先生も、脳外の先生も、実際に生活していく中の方が色々と思い出していくだろうと言う見立てで一致していたため、退院は予定通り今日となってしまったのだ。
心の準備はなにもできないままに……。