燕雀安んぞ天馬の志を知らんや。~天才外科医の純愛~


 それからつばめちゃんはすぐに退院して、本人は大混乱の中、天馬の家に戻った。


 私はつばめちゃんが退院した日の夜勤の途中、なんとなく病院の廊下の椅子に腰を下ろす。
 人の気配がして、顔を上げると、松葉づえをついた大熊さんだった。

 大熊さんはアキレス腱断裂、さらに、普段の不摂生がたたったのか、血液検査も再検査が必要になって数日間入院してもらうことになったのだ。

 本人はすごく嫌がったし、退院させろ、とうるさいけど。


「入院中の人がこんな夜中にうろうろしてちゃだめですよ」
「……なら退院させろ」
「だめですってば。明日再検査結果でて、よければ退院です。足は経過良好みたいですね」


 大熊さんはため息をついて、私の横に腰を下ろす。

「さっき、ヤツが目を覚まして……自白した。日本に来て孤独だった時期、彼女の優しさに救われて、恋愛感情とごっちゃになって……他の外国籍の男にも優しくしているのを見て、あんな行動をとったみたいだ。あまりに彼女が泣き叫んで、我に返ったって。それで一度謝りたいからと彼女を探していた。……退院したら逮捕するけど、彼女が覚えていないことだし、もう思い出させるのもな……。だから、逮捕しても、懲役刑になるかと言えば、ならないと思う」

「天馬には?」
「うん、伝えた。ご両親にも」
「……そうですか」

「とにかくひと段落したら、ヤツは自分の国に戻るようだ。彼女にはもう会ったり、連絡したりしないように、念書もとらせる」


 私は自分の手をぎゅう、と握り締める。
 彼女が誰かのために必死になっていたこと。それがきっかけなんて。

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