燕雀安んぞ天馬の志を知らんや。~天才外科医の純愛~
彼女は僕との日々を『夢』だと思ってるみたいだったけど、少しずつ、本当に自分は25歳で、ここは彼女にとっての未来なんだと思い始めているようだった。
そんなある日、僕は工藤を家に呼んだ。
彼女の記憶のことに関して、工藤の存在が必要不可欠だと思ったからだ。
つばめは工藤にすぐ懐いた。
ちょっと悔しい気もするが……さすが心療内科のエキスパートだと思う。
いや、やっぱり悔しいな。
それはさておき、工藤がつばめと話すようになってから、
僕は定期的に工藤とつばめの様子を話すようになった。
「つばめさんは、記憶喪失で今25歳だってことは、もう受け入れているみたいだね」
「そうだな」
それは素直な彼女のなせる業かもしれない。
「で、今までにあまり見たことないケースなんだけど。今のつばめさんは、以前のつばめさんの『忘れている記憶』を持っていると思う。一応、本人にも伝えた」
「……そうか」
「あのね、天馬。一つ言えるのは、このままでは、だめだってこと。つばめさんは人格を分けてる。ああやって人格を分けてしまうと、つばめさんが大人の記憶を取り戻した時に、子どもの頃の忘れている大事な体験や気持ちがないままになってしまう」
工藤はそうはっきりと言い、続けた。「……だからね。これから、天馬の考えるべきことは、彼女が『あの事件』を思い出した時、どうやって二人でそれを受け入れていくかってことだ」
「……もう思い出させたくない。そのためなら、記憶だって大人に戻らなくてもいい。また積み上げる」
あの時の、……ただ呆然としていた、
何の表情もなくなった彼女の顔が頭にこびりついている。
せっかく忘れている記憶を受け入れる?
ありえない。
そう思ったのに、工藤はきっぱりと、
「だめだ」
と言い放った。「どのみち、このままと言うわけにはいかないと思う。彼女は人形じゃない。知りたいって思う気持ちがこれからきっと出てくる」
工藤のいう事は正論かもしれない。
でも、僕はそうは思わなかった。
自分はやっぱり、彼女を守りたくて。
辛い事なんて1ミリも思い出させたくなんてなくて……。
今の笑顔をそのままにしておきたい。
そのために、すべて排除して。なくして。
彼女の記憶ごと全部を守りたいと
そんな風に思っていたんだ。