燕雀安んぞ天馬の志を知らんや。~天才外科医の純愛~

 仲居さんが部屋を出た後、つばめは突然、

「あたし、拓海とここで……えっちしたい」

と言い出した。
 その言葉に、心底、驚いた。


「あたし、拓海としたいの」
「どうしたの、つばめ」
「拓海、あたしのいう事なんでも聞いてくれたじゃない」
「それは……」
「同情してたの? あたしが、襲われたから?」

 その言葉を聞いて、思わずカッとなった。

「ちがうっ!」

 そんなわけない。
 つばめを同情してみたなんてことは、一度もないんだ。

 なのに……
「なんでそんなこと言うの……」
 思わずつぶやくと、

「拓海、お願い。して?」

とつばめは、なおも言った。


―――どうしたの? つばめ……。


 つばめの表情は決意に染まっていた。

 僕は、そっとつばめの頬に手を添える。
 その瞬間、つばめの身体はビクンと反応して涙目になった。

 僕は小さく息を漏らす。


「触れただけでこんなに震えてるのに? 無理だよ……」
「あたし、拓海になら何されてもいい」
「そんなことできない。もっと傷つくことになる」
「傷つかない。あたし、今日が初めてで、怖い記憶も全部拓海にされたって覚えておきたいの! そしたらきっと、あたしは……忘れられるから」


 つばめの言ったことに驚いて、つばめを見る。

 つばめは思い出して、そのうえで、
 全部記憶を変えたいと思ったのだ。

 そして、いま、そんなことを、
 震える身体と声で、僕に懸命に伝えている。


「つばめ」
「拓海が『あたしのために』悪い人になれるなら、して。お願い」


 つばめのまっすぐな瞳が僕を捉える。
 僕は身体の奥が震えたのが分かった。

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