燕雀安んぞ天馬の志を知らんや。~天才外科医の純愛~
21章:この手で、運命を。(天馬 side)
彼女は不安がっていたけど、それから彼女の記憶が消えることはなく、
僕たちは本当に穏やかで、幸せな毎日を送っていた。
仕事の休憩中、屋上からマンションを見上げた。
最近ずっと下ばかり見ていたな、とそんなことを思う。
気付いたら一条が隣に立っていた。
「吹っ切れた顔、してるね」
「全部吹っ切れたわけじゃないけど……でも、つばめが乗り越えようとしていることを、自分は何度も振り返って、バカみたいだなぁとは思った」
「バカだって気付いただけでも進歩だね」
「ひどいな」
「その通りでしょ」
そのはっきりした物言いに、思わず苦笑した。
一条は、本当の家族以上に、身近な存在だ。
「でも、色々……ありがとう」
一条に心配されていたのも、
分かっているようで分かっていなかった。
一条はいつだって、自分やつばめを
自分のことのように思い、心配していたのに。
僕はこうやって、今でもずっと、大人になった彼女がこれまで築きあげてきた優しいものや人に、囲まれている。彼女自身だってそうだ。
その事実は、僕が前を向くのに十分なものだと気づいた。
顔を上げ、まっすぐに彼女のいるマンションの方を見ると、
「これからどんな状況になっても、つばめの全部を愛していける自信はついた」
それだけは確信に近い思いだった。
僕はもう、彼女のスマホから、
犯人の痕跡を探すのを辞めていた。
その代わりに彼女にスマホを渡して、
笑えるくらいまっすぐなかわいいメッセージを、毎日彼女から受け取っている。