春永すぎて何が悪い?
及川くんが「そろそろ帰るか。」と言ったのは23時半を過ぎた頃。

店を出た。
途中まで一緒だから並んで歩く。

オーバーサイズのシャツから覗く腕。
シルエット。
佇まい。
私を見つめる目。

全部かっこよかった。

今までの全部を投げ捨てて、この人に飛び込んだら幸せになれるのかな。

駅前まで来る。
私の家は線路跨いで向こう側。
及川くんは線路沿いの道をまっすぐ行ったところだと言う。

ここが分かれ道。
及川くんが立ち止まって私を見る。

何か言いたそうな目。
でもなかなか言葉が出てこない。

軽い無言の時間が過ぎる。

「あのさ」

やっと及川くんがぽつりとこぼした。

「俺本気で言ってるよ、全部。」
「えっ。」
「うん。だから・・・」

そこまで言って「んーなんていうか」と次の言葉を探している。

ゆっくりと時間が過ぎていく。

及川くんは丁寧に言葉を選んでるんだと思う。

23時は過ぎてるけど、駅前とあってまだ賑やか。
同じような人たちが途切れず通り過ぎて行く。
終電に間に合うように駅に駆け込む人々。

電車は関係ないけど、そろそろ帰らないといけない時間だ。

路面に視線を落としていた及川くんがやっと私の目を見る。

そして穏やかな口調で言った。

「そういう顔してるなら、龍樹から奪いたくなる。」
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