トライアングル 上

球は再びど真ん中に真っ直ぐ飛んでくる。
祐介はクイッとバットを上げ、ギュッと脇を締める。
飛んでくる球はストレートより少し遅め。
と、言う事は、
「変化球!」

「"フォーク"か"シュート"か。」
「お前には2種類の変化球を見せたよな。」
「どっちが来ると思う。」
亮輔は祐介を試すように心で思う。

真っ直ぐ進む球は徐々にバッターボックスに近づく。

「一本足打法は手元での変化に弱い。」
亮輔は1球目。"フォーク"でストライクを取ったシーンを
思い描く。





「だから手元での変化球はある程度、ヤマを張って振らなければならない。」
先程の"シュート"でストライクを取ったシーンを思い描く。





「ヤマを張るなら可能性として高い、両方の投球の軌道上に合わせて斜めにアッパー気味にスウィングすれば、バットに当てられ、あわよくばヒットも可能だろう。」
フォークが下へ変化。シュートが内角へ変化。
ならば、ど真ん中低めへ内角つまり気味でのスウィングなら両方の打球を当てられる。




 
祐介がタイミングを計り左足を上げる。
球は真っ直ぐ、まだまだ変化はしない。

「つまりは追い詰められた祐介がヒットをする為には、ど真ん中低めを斜めにスウィングするしかない!」
亮輔は球に合わせて構えた祐介を見つめる。

球がバットの射程に入る。
"フォーク"か"シュート"か。
祐介が、じっくり見極める。

「さあ、来るぞ!」
亮輔は球の変化を見守る。
「"フォーク"か"シュート"か。お前はそう思っているはずだ!」
球が変化するであろうポイントに差し掛かる。
「しかしこれは"チェンジアップ"!!」
そう!亮輔はストライクを取る為に、
"フォーク"と"シュート"すら囮にいたのだ。

"チェンジアップ"
握り方はそれぞれだが、鷲掴みにしたり、4本指で握ったり
握り方を変えただけの"ストレート"。
握り方が歪なため、普通のストレートより球速が落ちる。
単純に言うとスローなストレート。





変化球に見せたストレート。
祐介はじっとその変化を見つめる。

「"フォーク"か"シュート"に合わせて斜めにスウィングすればど真ん中に飛んでくるストレートに空振りするか、フライに終わる。」
"フォーク"、"シュート"を学習したが故に
その祐介の"学習"という性能を完全に逆手に取るストレート。
これで祐介は討ち取られる。

しかし、ここで亮輔は異変に気付く。
「まだ振らない!?」

本来なら振っているはずの祐介のバットがまだ振られていない。

よく見ると、一本足打法特有のフラミンゴのような左足が
ほとんど上げられていない。

祐介は限界まで球を見るため、バットをグーッと溜めるように下げている。
「見る!見る!」
と、ギリギリまで見る事に特化した体勢はピッチャーに背を向けるほど。
そして、、、
球は、
下へ変化?手元へ変化?
球を最後までしっかりと目で捉えて見切る!
「真っ直ぐ!」

「まさか!!」
亮輔が祐介のフォームの変化に驚く。
打撃のフォームなんて一朝一夕で見につくものではない。
自分に合ったフォームを
何千回とスウィングして身体に覚えさせる。
逆に身体が覚えたフォームを急に変える事は困難を極まる。
しかも、
「そんな腕だけスウィングで飛ぶはずがない。」
足が上がっていない分、一本足の体重移動で威力を増す一本足打法のような威力が出せない。
打ったとしても、飛距離は無いはず。
亮輔がフライに備え後ずさりする。
「絶対!苦し紛れの付け焼き刃のスウィングで!」

祐介はバットを寝かせ、真っ直ぐな球へ向けスウィング!

少し曲げていた足へ力を込め、重心を左足へ。
さらに、背を向けていた腰をくるっと回し、
思い切りバットに力を込めた。

「これは!!"コマ打法"!!」
亮輔が目を見張る。

バットの芯がボールを完全に捉える!
その刹那。
「2人とも!!やめなさ〜い!!」
そんな声がどこからか聞こえた。

「、、、梨緒」

キーーン!
空高く軽快音と共にボールが高く打ち上がる。

"コマ打法"
城島健司が開発した打法。スウィング時に腰を思い切り捻り、腰の回転で腕を始動させる。
コンパクトなフォームから身体の重心移動の推進力に
腰の回転の遠心力を加え、
それを腕の振りの力に変換する。
腰は痛めやすいがその分、打率、打点共にすぐれた
爆発的な攻撃力を生む打法。





もちろん祐介はそんな事は知らない。
「しっかり見る」「その分溜めて力いっぱい打つ」
ただただそれだけを考えていた。

打った球が高く打ち上がり
亮輔の頭上を大きく超えていく。
亮輔が打球を追い振り返る。
打球は勢いよく大きな孤を描き校舎の方まで飛んでいく。
文句無しの特大ホームラン。
打球が北と南に別れた校舎の間に消えていく。

勝負は決した。
「ホームラーーン!」
女神が終焉を告げる号令を出した、、、

次の瞬間!

「キャ〜〜〜ッ!!」
この結果と集中した意識を割くように明らかに何か異変が起きた叫び声。

無言の三者。

セミの声だけがこだました静かな決着。
今聞こえたのが幻聴だったのか、互いの顔を見つめ、
「何事だ!!?」
どうやら全員が聞こえた声に、
胸騒ぎを感じ、
勝敗のジャッジもままならないまま
三者は叫び声が聞こえた先へ向かった。



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