魔王様は聖女の異世界アロママッサージがお気に入り★
ラディスの書斎に入ったレイラは、招かれるまま奥にある机のところまで歩いてきた。
壁は全て天井まで高さのある本棚が並び、簡素だが質のいい机と椅子がある。
思ったよりも、こじんまりとした書斎だった。
と言ってもレイラの住んでいるマンションの部屋よりもずっと大きい。
ラディスは机の上から、写真たてと古びた本を取り出した。
「これは念写といって、紙にそっくりそのままを写し取る魔術だ」
そういって差し出しだされた写真たてには、ラディスと西の森で見かけた魔女の写真が入っている。
「あ、……うん。私の世界にも「写真」っていうのがあって、カメラって機械で同じようなことができるから、わかるよ」
レイラは落ち着かない気持ちをごまかすために早口で説明して、「念写」とよばれる写真をのぞきこむ。
「この人、西の森であった魔女だ」
「カヨだ」
どきっとした。
念写にうつるラディスと女性は、穏やかな顔で寄り添っている。
恋人同士のようにも、夫婦のようにも見えた。
「カヨは500年前、お前と同じように異世界から召喚された人間だった」
「えっ? あのきキレイなお姉さんが?」
500年前というのはどういうことだろうか。
色っぽい人だとは思ったが、どう見ても30歳ほどだった。
「大昔から約500年に一度、ロ・メディ聖教会は聖ロンバヌス教国の中枢部の名を受け、瘴気が大地にたまって枯れ始めると、聖女を異世界から召喚する儀式を行っていた」
「じゃあ……」
レイラと同じように500年前召喚されたのが、この写真に写っている女性だったというわけだ。
「ところが最初の聖女は癒しの力が弱くて瘴気を浄化できなかった。結局7人もの聖女が召喚されたという」
「7人も?」
「全員、癒しの力は弱かったが、様々な工夫をして、瘴気が大地から抜けるように穴をあけ、瘴気を大地から抜くという手段を取り、癒しの効果と同等の成果を上げた」
「じゃあ、今回の瘴気の穴というのは」
「力の弱い聖女たちが生み出した苦肉の策だ。周囲には瘴気を浴びて狂暴化した獣や人間による被害が出たが、それも懸命にケアして、何年もかけて、大地の瘴気を癒すことに成功したんだ」
ラディスの眉間に、ぐっとしわが寄る。
いつもと違いラディスはしっかりと話してくれる。
「ところが彼女たちの召喚に使われた甚大な大地のマナと瘴気がたまるのが重なり、聖ロンバヌス教国の収穫は落ち飢饉が訪れた。それに獣や人々の狂暴化が起こって、国は荒れに荒れた」
こういう不幸は重なったり連鎖的に起こることが多い。
レイラは当時の聖女たちの心労を思うと、心が痛んだ。
「国の中枢部から責任の追及を受けたロ・メディ聖教会は全ての責任を聖女たちに押し付けて、全員を大々的に魔女と公表して火あぶりに処したんだ」
「えっ! そんなっ……利用するだけ利用して、ヒドイ」
「彼女だけが生き延びて、森に隠れ住んでいた」
「それじゃあ……」
「当時……兄に命を狙われ、森に逃げ延びた私は彼女に助けられてかくまわれた。数年一緒に暮らして、その時に魔女のことや瘴気の穴の対処を聞いた」
「だから、ラディスも瘴気の穴を塞ぐなんてことができたんだ」
「瘴気は発散させなければいけないとわかっていたが、魔族が瘴気を浴びて狂暴化する被害が大きかった。何とか対策を考えるまでの付け焼き刃だったが」
「私の食べ物とか、人間の習慣を知ってたのも……」
カヨと一緒に暮らしていたから。
レイラは続く言葉をのみこんだ。
「まあ、多少の知識はあったが、これでも調べさせて勉強したんだ」
ラディスが珍しく困ったような顔をした。
それは、カヨから離れても人間のことを知ろうと努力したということだろうか。
内心首をかしげながら、レイラはようやく人間が500年も生きるある方法に思い当たった。
「もしかして、彼女もあなたの眷属なの?」
ラディスは首を振る。
「何度か話はしたんだがな。首を縦に振らなかった」
「どうして……」
「彼女は元の世界に子供と夫がいて、どうしても戻りたかったらしい。年を取りたかったのは、子供と夫に先立たれたくないからだと言っていた。遠く離れていても同じように年を取って死にたいと……」
ということは、ラディスの片思いだったのだろうか。
レイラはぎゅっと胸が痛くなる。
「でも、どうして彼女は生きてるの? この写真のままで」
「それは私にもわからない。だから彼女に会って確認したかった」
ラディスは口をつぐんだ。
沈黙が続く。
だから魔女を探させていたのか。
ラディスは今でも彼女のことを思っているのだろうか。
子供と夫のいる女性に、ラディスは片思いをし続けているのだろうか。
気になっているのに、なんとなく怖くて聞けなかった。
レイラは話を変えることにした。
「……私が瘴気の穴以外に、大地にたまった瘴気を浄化させるためには、どうしたらいいの?」
「聖女は本来、瘴気がたまって植物や水が枯れたり、瘴気のにじみ出て動物が狂暴化するような場所を探しては大地ごと浄化するものらしい」
その本来の浄化ができないから、無理やり穴をあけて、瘴気を発散させていたのか。
「今までは瘴気の穴への対応で精いっぱいだったてことね。でも西の森で彼女は私が聖女だって気づいたから、大地を浄化できるってわかったはずなのに、まだ瘴気の穴をあけることをやめてないのもおかしいよね?」
ラディスはうなずく。
「瘴気の穴の他に、異変のある土地はあるの?」
「いくつか確認はされている」
「じゃあ……私、明日から時間の許す限り、そこを回るよ」
「……いや、無理をして急がなくていい」
やや間があって、ラディスは小さく言った。
レイラは首を振る。
「私も早く元の世界に帰りたいのよ。それにカヨさんもこのままじゃ、危ないでしょ?」
「……そうだな。神官たちが当時の資料を残していて、いつ気づくかもわからない」
そういったものの、ラディスは先ほどから何だか歯切れが悪い。
その後も話をしたが、結局レイラは、ラディスとカヨの関係を聞くことができなかった。
でも、それでいいのかもしれない。
瘴気さえ浄化すれば、レイラは元の世界に戻る手立てを見つけてもらえ、ラディスはカヨと再会できるのだから。
それでいい……それで。
レイラはぐっと唇をかんだ。
壁は全て天井まで高さのある本棚が並び、簡素だが質のいい机と椅子がある。
思ったよりも、こじんまりとした書斎だった。
と言ってもレイラの住んでいるマンションの部屋よりもずっと大きい。
ラディスは机の上から、写真たてと古びた本を取り出した。
「これは念写といって、紙にそっくりそのままを写し取る魔術だ」
そういって差し出しだされた写真たてには、ラディスと西の森で見かけた魔女の写真が入っている。
「あ、……うん。私の世界にも「写真」っていうのがあって、カメラって機械で同じようなことができるから、わかるよ」
レイラは落ち着かない気持ちをごまかすために早口で説明して、「念写」とよばれる写真をのぞきこむ。
「この人、西の森であった魔女だ」
「カヨだ」
どきっとした。
念写にうつるラディスと女性は、穏やかな顔で寄り添っている。
恋人同士のようにも、夫婦のようにも見えた。
「カヨは500年前、お前と同じように異世界から召喚された人間だった」
「えっ? あのきキレイなお姉さんが?」
500年前というのはどういうことだろうか。
色っぽい人だとは思ったが、どう見ても30歳ほどだった。
「大昔から約500年に一度、ロ・メディ聖教会は聖ロンバヌス教国の中枢部の名を受け、瘴気が大地にたまって枯れ始めると、聖女を異世界から召喚する儀式を行っていた」
「じゃあ……」
レイラと同じように500年前召喚されたのが、この写真に写っている女性だったというわけだ。
「ところが最初の聖女は癒しの力が弱くて瘴気を浄化できなかった。結局7人もの聖女が召喚されたという」
「7人も?」
「全員、癒しの力は弱かったが、様々な工夫をして、瘴気が大地から抜けるように穴をあけ、瘴気を大地から抜くという手段を取り、癒しの効果と同等の成果を上げた」
「じゃあ、今回の瘴気の穴というのは」
「力の弱い聖女たちが生み出した苦肉の策だ。周囲には瘴気を浴びて狂暴化した獣や人間による被害が出たが、それも懸命にケアして、何年もかけて、大地の瘴気を癒すことに成功したんだ」
ラディスの眉間に、ぐっとしわが寄る。
いつもと違いラディスはしっかりと話してくれる。
「ところが彼女たちの召喚に使われた甚大な大地のマナと瘴気がたまるのが重なり、聖ロンバヌス教国の収穫は落ち飢饉が訪れた。それに獣や人々の狂暴化が起こって、国は荒れに荒れた」
こういう不幸は重なったり連鎖的に起こることが多い。
レイラは当時の聖女たちの心労を思うと、心が痛んだ。
「国の中枢部から責任の追及を受けたロ・メディ聖教会は全ての責任を聖女たちに押し付けて、全員を大々的に魔女と公表して火あぶりに処したんだ」
「えっ! そんなっ……利用するだけ利用して、ヒドイ」
「彼女だけが生き延びて、森に隠れ住んでいた」
「それじゃあ……」
「当時……兄に命を狙われ、森に逃げ延びた私は彼女に助けられてかくまわれた。数年一緒に暮らして、その時に魔女のことや瘴気の穴の対処を聞いた」
「だから、ラディスも瘴気の穴を塞ぐなんてことができたんだ」
「瘴気は発散させなければいけないとわかっていたが、魔族が瘴気を浴びて狂暴化する被害が大きかった。何とか対策を考えるまでの付け焼き刃だったが」
「私の食べ物とか、人間の習慣を知ってたのも……」
カヨと一緒に暮らしていたから。
レイラは続く言葉をのみこんだ。
「まあ、多少の知識はあったが、これでも調べさせて勉強したんだ」
ラディスが珍しく困ったような顔をした。
それは、カヨから離れても人間のことを知ろうと努力したということだろうか。
内心首をかしげながら、レイラはようやく人間が500年も生きるある方法に思い当たった。
「もしかして、彼女もあなたの眷属なの?」
ラディスは首を振る。
「何度か話はしたんだがな。首を縦に振らなかった」
「どうして……」
「彼女は元の世界に子供と夫がいて、どうしても戻りたかったらしい。年を取りたかったのは、子供と夫に先立たれたくないからだと言っていた。遠く離れていても同じように年を取って死にたいと……」
ということは、ラディスの片思いだったのだろうか。
レイラはぎゅっと胸が痛くなる。
「でも、どうして彼女は生きてるの? この写真のままで」
「それは私にもわからない。だから彼女に会って確認したかった」
ラディスは口をつぐんだ。
沈黙が続く。
だから魔女を探させていたのか。
ラディスは今でも彼女のことを思っているのだろうか。
子供と夫のいる女性に、ラディスは片思いをし続けているのだろうか。
気になっているのに、なんとなく怖くて聞けなかった。
レイラは話を変えることにした。
「……私が瘴気の穴以外に、大地にたまった瘴気を浄化させるためには、どうしたらいいの?」
「聖女は本来、瘴気がたまって植物や水が枯れたり、瘴気のにじみ出て動物が狂暴化するような場所を探しては大地ごと浄化するものらしい」
その本来の浄化ができないから、無理やり穴をあけて、瘴気を発散させていたのか。
「今までは瘴気の穴への対応で精いっぱいだったてことね。でも西の森で彼女は私が聖女だって気づいたから、大地を浄化できるってわかったはずなのに、まだ瘴気の穴をあけることをやめてないのもおかしいよね?」
ラディスはうなずく。
「瘴気の穴の他に、異変のある土地はあるの?」
「いくつか確認はされている」
「じゃあ……私、明日から時間の許す限り、そこを回るよ」
「……いや、無理をして急がなくていい」
やや間があって、ラディスは小さく言った。
レイラは首を振る。
「私も早く元の世界に帰りたいのよ。それにカヨさんもこのままじゃ、危ないでしょ?」
「……そうだな。神官たちが当時の資料を残していて、いつ気づくかもわからない」
そういったものの、ラディスは先ほどから何だか歯切れが悪い。
その後も話をしたが、結局レイラは、ラディスとカヨの関係を聞くことができなかった。
でも、それでいいのかもしれない。
瘴気さえ浄化すれば、レイラは元の世界に戻る手立てを見つけてもらえ、ラディスはカヨと再会できるのだから。
それでいい……それで。
レイラはぐっと唇をかんだ。