魔王様は聖女の異世界アロママッサージがお気に入り★
聖女を取り間違えたようです Side:シス
ロ・メディ聖教会の高等神官、シスは礼拝堂に続く廊下を歩きながら、深く考え込んでいた。
この大陸は、文化も種族も異なるふたつの国家に二分されて統治されている。
一つはシスの所属するロ・メディ聖教を国教とする神の国「聖ロンバヌス教国」。
そして魔王ラディスを筆頭とした魔族が暮らす「アスガード帝国」だ。
ふたつの国は反目しあいながらも、長く拮抗状態にあり、互いの交流を断ってきた。
シスは苛立たしげに窓の外に見える西の森に視線をやった。
森は深く神殿のすぐそばまで迫っている。
先日、召喚にくっついてきた女を、西の森に逃がしてしまったのは完全な誤算だった。
余計な民間人を召喚に巻き込んだという失態を隠すことを考えずに、その場で始末すればよかったのだ。
ロンバヌスの中枢部に所属するシスの上司サミエールは、世俗にまみれ脂ぎった体をした醜い男で、失態をいいことに、シスの功績をつぶし自分のものとするだろう。そうやって中枢で力をつけてきた神官だった。
女の死体は魔王が持ち帰った。
シスは証拠を隠滅できたはずだ。
だが……シスは嫌な予感を覚え、眉間を指で押さえた。
薄暗くてはっきりと確認はできなかったが、狂化した魔族は死した後に浄化されてはいなかったか?
魔族に触れた女の指先がわずかに光はしなかったか。
魔王ラディスに気を取られていたので、はっきり見ていなかったのだ。
もっと注意してみておくべきだった。
まさかということもある。
大地から染み出した瘴気にあてられた人間や動物は狂暴化する。
その狂暴化した動物や人々を癒し、大地を浄化する癒しの力を持つのが、異世界から召喚された聖女だ。
ロ・メディ聖教会は約500年に一度、聖女の召喚をくりかえして、大地を癒し続けている。
実は文献によると、世界を癒す聖女は清き乙女とある。
婚前交渉を禁止するロ・メディ聖教会にとって、清き乙女とは、すなわち処女を意味する。
だからシスは迷わず若い女の手を取った。
未婚であろう、あどけなさの残る年齢の幼い少女の手を。
扉を開けて礼拝堂に入ると、そこには禊(みそぎ)を終えた聖女マヤと、お付きの女官が一人いるだけだ。
本来ならば、国を挙げて聖女を歓迎したいところだが、聖女の力はまだ目覚めていない。
何としても、この儀式で彼女の力を発露してもらわなければならない。
シスは彼を見てパッと笑顔になったマヤに微笑んだ。
異世界から連れてこられたというのに、彼女は明るく、物おじしない。
「緊張しなくてよいのです。簡単な儀式ですから」
シスはマヤの手を取って、礼拝堂の一段高くなった場所にある水の満たされた大きな杯に立った。
「手を付けて。君の奥底に眠る力を引き出してくれる」
「マナ」と呼ばれる見えない力が大地や大気中に溶け込むように満ちている。
そして人間の中にも。
体内、または外部にあるマナを利用し、人間は様々な力を発揮する。
人間はマナを「法力」と名付け「法術」として使い、魔族は「魔力」と呼び、「魔法」として使う。
呼び名は違うが「マナ」「法力」「魔力」は同じ大地に満ちる力だ。
この礼拝堂の中央はマナが集まる場所に設置されており、濃厚なマナに触れることにより、体内のマナを活性化させる。
本来ならば生まれてすぐの洗礼式のときに行うことである。
成人の儀にも行うため、段階的に力を発揮するようになるものもいる。
マヤはこくりとうなずくと、どぶんと何のためらいもなく水に手を付けた。
しばらくして、彼女はうーんと首をかしげながら、手を水からあげた。
「何か……変わりましたか?」
シスは目を凝らしてマヤを見た。
彼女をめぐるマナの動きを感じ取ってみるが、大きな変化は見られない。
「一度で力に目覚めないこともあります。また日を改めて試してみましょう」
「うん……わかった」
マヤはシスの言葉に少し戸惑ったように眉を寄せたが、こくりとうなずいた。
嫌な予感がした。
たいていの場合、シスの嫌な予感というのは当たる。
神官としてシスが幼いころより発揮してきた能力の一つと言ってもいい。
「これは儀礼的なもので、必ず聞いているものなのですが」
「ぎれーてき」
シスの言葉を繰り返す様子は、とても幼く見える。
「はい。マヤさんはとてもお若いですが、ご結婚などはされておりませんよね」
マヤはきょとんと、シスを見た。
「当然。マヤはこれでも16歳の女子高生なんだけど! 結婚なんてしてるわけないでしょ」
シスは内心、ホッと息をついた。
「じょしこうせい」というものが何かはわからないが、結婚はしていないという。
やはり彼女が聖女に間違いない。
「今の彼氏と結婚する気はないし。最近、避妊嫌がりだしてクズ過ぎて別れようと思っていたところだったんだよね」
ぴしっとシスの動きが止まる。
「あ、でも、私と一緒に来たおばさんって、たぶん彼氏もいないし、結婚してないと思う。だって左手の薬指に指輪もなかったもん。指輪の跡もついてなかった。あの年で処女だったりして」
マヤは意地の悪い顔をしてけらけらと笑った。
「あーゆう寂しい人生だけはごめんだよね。死んだんでしょ? 今まで何のために生きてたんだろ?」
いや、まさか。
「あ、でもマヤはもう彼氏はどうでもいいからね! シス様もいるし、ここに来た時点でもう別れたも同然でしょ!」
シスが黙り込んでしまったので、慌ててマヤは付け加える。
何度か話してみて分かったのだが、どうやら、マヤがいた世界は男女の婚前交渉が当然のように行われていた、貞操観念の緩い場所だったらしい。
確かに癒しの聖女は召喚された。そしてシスの前に現れた。
癒しの聖女は清らかな乙女。
婚前交渉のないこの国では、若い方が処女だと思い込んでいた。
ましてやこんな幼さの残る少女が処女ではなく、年を取った女の方が、処女の可能性があるなど、わかるはずがなかった。
聖女の召喚は大量にマナを使うため、何度もできるものではない。
文献によると500年前に聖女を召喚したときは、一人の力が弱く、複数人召喚したために、マナが枯渇して大地がやせ細り、大規模な飢饉を引き起こしたという。
もう一度召喚をするとなれば、何を言われるかわからない。
自分が貫き、血を吐いた女を思い出す。
女は魔王が死んだ魔族の男と一緒に連れて行った。
胸を貫かれて生きているとは思えないが……念のために偵察を放って確認をした方がよさそうだ。
シスは、マヤの世話を女官に任せて、足早に礼拝堂を後にした。
この大陸は、文化も種族も異なるふたつの国家に二分されて統治されている。
一つはシスの所属するロ・メディ聖教を国教とする神の国「聖ロンバヌス教国」。
そして魔王ラディスを筆頭とした魔族が暮らす「アスガード帝国」だ。
ふたつの国は反目しあいながらも、長く拮抗状態にあり、互いの交流を断ってきた。
シスは苛立たしげに窓の外に見える西の森に視線をやった。
森は深く神殿のすぐそばまで迫っている。
先日、召喚にくっついてきた女を、西の森に逃がしてしまったのは完全な誤算だった。
余計な民間人を召喚に巻き込んだという失態を隠すことを考えずに、その場で始末すればよかったのだ。
ロンバヌスの中枢部に所属するシスの上司サミエールは、世俗にまみれ脂ぎった体をした醜い男で、失態をいいことに、シスの功績をつぶし自分のものとするだろう。そうやって中枢で力をつけてきた神官だった。
女の死体は魔王が持ち帰った。
シスは証拠を隠滅できたはずだ。
だが……シスは嫌な予感を覚え、眉間を指で押さえた。
薄暗くてはっきりと確認はできなかったが、狂化した魔族は死した後に浄化されてはいなかったか?
魔族に触れた女の指先がわずかに光はしなかったか。
魔王ラディスに気を取られていたので、はっきり見ていなかったのだ。
もっと注意してみておくべきだった。
まさかということもある。
大地から染み出した瘴気にあてられた人間や動物は狂暴化する。
その狂暴化した動物や人々を癒し、大地を浄化する癒しの力を持つのが、異世界から召喚された聖女だ。
ロ・メディ聖教会は約500年に一度、聖女の召喚をくりかえして、大地を癒し続けている。
実は文献によると、世界を癒す聖女は清き乙女とある。
婚前交渉を禁止するロ・メディ聖教会にとって、清き乙女とは、すなわち処女を意味する。
だからシスは迷わず若い女の手を取った。
未婚であろう、あどけなさの残る年齢の幼い少女の手を。
扉を開けて礼拝堂に入ると、そこには禊(みそぎ)を終えた聖女マヤと、お付きの女官が一人いるだけだ。
本来ならば、国を挙げて聖女を歓迎したいところだが、聖女の力はまだ目覚めていない。
何としても、この儀式で彼女の力を発露してもらわなければならない。
シスは彼を見てパッと笑顔になったマヤに微笑んだ。
異世界から連れてこられたというのに、彼女は明るく、物おじしない。
「緊張しなくてよいのです。簡単な儀式ですから」
シスはマヤの手を取って、礼拝堂の一段高くなった場所にある水の満たされた大きな杯に立った。
「手を付けて。君の奥底に眠る力を引き出してくれる」
「マナ」と呼ばれる見えない力が大地や大気中に溶け込むように満ちている。
そして人間の中にも。
体内、または外部にあるマナを利用し、人間は様々な力を発揮する。
人間はマナを「法力」と名付け「法術」として使い、魔族は「魔力」と呼び、「魔法」として使う。
呼び名は違うが「マナ」「法力」「魔力」は同じ大地に満ちる力だ。
この礼拝堂の中央はマナが集まる場所に設置されており、濃厚なマナに触れることにより、体内のマナを活性化させる。
本来ならば生まれてすぐの洗礼式のときに行うことである。
成人の儀にも行うため、段階的に力を発揮するようになるものもいる。
マヤはこくりとうなずくと、どぶんと何のためらいもなく水に手を付けた。
しばらくして、彼女はうーんと首をかしげながら、手を水からあげた。
「何か……変わりましたか?」
シスは目を凝らしてマヤを見た。
彼女をめぐるマナの動きを感じ取ってみるが、大きな変化は見られない。
「一度で力に目覚めないこともあります。また日を改めて試してみましょう」
「うん……わかった」
マヤはシスの言葉に少し戸惑ったように眉を寄せたが、こくりとうなずいた。
嫌な予感がした。
たいていの場合、シスの嫌な予感というのは当たる。
神官としてシスが幼いころより発揮してきた能力の一つと言ってもいい。
「これは儀礼的なもので、必ず聞いているものなのですが」
「ぎれーてき」
シスの言葉を繰り返す様子は、とても幼く見える。
「はい。マヤさんはとてもお若いですが、ご結婚などはされておりませんよね」
マヤはきょとんと、シスを見た。
「当然。マヤはこれでも16歳の女子高生なんだけど! 結婚なんてしてるわけないでしょ」
シスは内心、ホッと息をついた。
「じょしこうせい」というものが何かはわからないが、結婚はしていないという。
やはり彼女が聖女に間違いない。
「今の彼氏と結婚する気はないし。最近、避妊嫌がりだしてクズ過ぎて別れようと思っていたところだったんだよね」
ぴしっとシスの動きが止まる。
「あ、でも、私と一緒に来たおばさんって、たぶん彼氏もいないし、結婚してないと思う。だって左手の薬指に指輪もなかったもん。指輪の跡もついてなかった。あの年で処女だったりして」
マヤは意地の悪い顔をしてけらけらと笑った。
「あーゆう寂しい人生だけはごめんだよね。死んだんでしょ? 今まで何のために生きてたんだろ?」
いや、まさか。
「あ、でもマヤはもう彼氏はどうでもいいからね! シス様もいるし、ここに来た時点でもう別れたも同然でしょ!」
シスが黙り込んでしまったので、慌ててマヤは付け加える。
何度か話してみて分かったのだが、どうやら、マヤがいた世界は男女の婚前交渉が当然のように行われていた、貞操観念の緩い場所だったらしい。
確かに癒しの聖女は召喚された。そしてシスの前に現れた。
癒しの聖女は清らかな乙女。
婚前交渉のないこの国では、若い方が処女だと思い込んでいた。
ましてやこんな幼さの残る少女が処女ではなく、年を取った女の方が、処女の可能性があるなど、わかるはずがなかった。
聖女の召喚は大量にマナを使うため、何度もできるものではない。
文献によると500年前に聖女を召喚したときは、一人の力が弱く、複数人召喚したために、マナが枯渇して大地がやせ細り、大規模な飢饉を引き起こしたという。
もう一度召喚をするとなれば、何を言われるかわからない。
自分が貫き、血を吐いた女を思い出す。
女は魔王が死んだ魔族の男と一緒に連れて行った。
胸を貫かれて生きているとは思えないが……念のために偵察を放って確認をした方がよさそうだ。
シスは、マヤの世話を女官に任せて、足早に礼拝堂を後にした。