ごきげんよう、愛しき共犯者さま

 泣いたって、花は()んだりしない。
 自分の感情なのに思い通りになってくれないなんて、ああ、むかつく。
 処理をし忘れていなか確認して、トイレを出た。

「千景」
「っうわ、」

 瞬間、聞き覚えのある声で呼ばれた己の名前に、びくりと肩がはねる。声の方を見やれば、トイレの出入り口のすぐよこの壁に腕を組んでもたれかかっている兄の姿が。
 いや、トイレの出入り口で待ち伏せなんて、一歩間違えたら犯罪だよ? 変質者だよ?

「び……っ、くりしたぁ……何? お兄ちゃん」

 トイレに流せたから、花を持ってないことに安堵しつつ、言葉を吐く。とはいえ、どうせ兄にはバレているのだろうけれど。

「……大丈夫か」

 ほらね。
 心の中で吐き捨て、こくり、小さく頷く。

「……ほんとかよ」

 けれど、(はな)から信じる気などないのだろう。(いぶか)しげな視線と探るような言葉を、おもむろに向けられる。

「……平気、」

 じゃないよ。
 全然、平気じゃないし、大丈夫じゃない。何なら今だって、ちょっと吐きそう。お兄ちゃんのせいでね。だって、お兄ちゃんだもん。どんなに想ったって、お兄ちゃんはお兄ちゃんでしかないじゃない。奇病を(わずら)ったって、私は、妹以外の存在にはなれやしないもの。どんなに心配してくれてても、お兄ちゃんにとって私は、妹以外の何者でもなくて、妹以上にはなれないんだから。

「ごめんね、心配かけて」

 なんて言ったら、困るでしょ。だからもう、放っておいてくれないかな。

「……教室、戻らなきゃだから、またね」

 言葉の裏側にべたりと薄汚い感情を張り付けて、私はへらりと笑いながら兄に手をふった。
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