ごきげんよう、愛しき共犯者さま
「……いや、ちが、くて」
「あ?」
「……直接は言えない、けど……気持ちは、伝えたくて」
よりにもよって、本人に見られてしまうなんて。はぁ、失敗した。
筆跡の練習と便箋の変更もしなくちゃいけないなと、兄の手に持たれた薄っぺらい紙を見ながら呟く。すると兄は、手に持っているそれを机へと戻して、私へと視線を向けた。
「……気持ちだけ、とか言って。結局は自己満足だろ」
「……っ」
「まぁ、蒼汰ならそんな邪険にはしねぇんじゃねぇの」
「……」
「俺なら、こんな名前も書いてねぇの不気味だし、迷惑でしかねぇけどな」
凪いだ声、だった。
けれど、おそらくだけど、兄の心情は違ったのだろう。どうしてそう思うのかと聞かれたら、何となくとしか答えようがないけれど、確かに私は、兄を見て、兄の声を聞いて、そう思った。
大切な友人と、大切な想い人。仮に、そこへ私が割って入れたら、それによって兄にもチャンスが訪れるのに。どうやら兄は、友人の幸せも、想い人の幸せも願える人間らしい。私の中の兄といえば、ここ数ヶ月間のものと、兄が中学にあがる手前くらいまでの記憶しかないから、兄の恋愛観など私は全く知らなかった。
「……そっ、か……そう……だよね、」
机に戻された便箋を一瞥。
不気味で、迷惑。私の気持ちは、想いは、兄にとって、そういう認識になるみたいだ。
「……やめとく、ね」
便箋を四つ折りにして、封筒へと入れる。
「よし、じゃあ、勉強……の、前に」
それを机横のゴミ箱に捨てて、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
「トイレ行ってくるね」
ぐにゃりとうねる胃袋、ぐきゅると鳴る喉。へらりと笑い、それらを必死に誤魔化しながら、兄の横を通り抜けた。