ごきげんよう、愛しき共犯者さま
蒼汰。
その名を聞いて思い出すのは、たまに家に遊びにくる兄の友人の内のひとり。明るくて、人懐っこくて、にこにこしていて、初対面なのにも関わらず私を妹みたいに扱って頭を撫で回してきた強烈な印象の人だ。
確か兄と同じサッカー部の人。頭を撫で回されて警戒心マックスになった私に、「うわごめん! 俺、妹四人いてさぁ、頭撫でんの癖なんだ。ほんとごめん!」とあわあわしながら謝ってきた、あの人。
どうしてその名が出たのか。兄はそこそこ友人がいるタイプだ。部活を引退してからは家に招くこともそれなりにあったから、数人は私自身も会って挨拶も交わしている。仮に、私の病気の原因が、自分の友人の誰かだと予想したとして、何故兄は彼だと思ったのだろう。他にも候補はいる。名前を覚えている人で言えば、悠真さん。名字は知らない。この人も兄と同じサッカー部の人だ。顔を合わせる度に、口癖のように「ゆーくんって呼んで」「デートしよーよ」って言ってからかってくる変な人。距離を取りたいから、私はさん付けで呼んでいる。
拗らせなければ発症はしない。だから、恋をして、それを拗れさせてしまうような相手を考えれば、蒼汰先輩よりは悠真さんの方じゃないだろうか。女の子大好きアピール半端ないし、そんな人に恋しようものなら苦労なんて一言じゃ済ませられないくらいには苦労しそうだもの。
「……それ、誰にも、言わないでね」
「……言わねぇよ」
そもそも蒼汰先輩には彼女さんが、と。
そこまで思って、気付く。なるほど、恋人がいる人に恋をしてしまった、という方が兄的にはしっくりきたのだろう。
全然、違うけど。でも、馬鹿正直に違うと答えて、じゃあ誰なんだと問い詰められるよりかはマシだ。兄の勘違いにのっかって、口止めめいたことすれば、この話は終わり。
「だから、辛くなったら、俺に言え」
「え」
とは、いかないらしい。
「ひとりで泣くなよ」
くしゃり、何年かぶりに、兄に頭を撫でられた。