嫁入り前の懐妊契約~極上御曹司に子作りを命じられて~
 美琴は庭を眺めながらゆっくりと歩いていた。 

「わぁ。桜も満開! すっかり春ね」

 庭の一角にある大きな一本桜も見頃を迎えていた。桜並木ではなく一本桜というのがまた、風情があっていい。
 その桜の下にある蔵の中で、人影が動くのが見えた。

「あまり使ってない蔵だと聞いたけど、珍しいな」

 ちょっとした興味本位で美琴は蔵に近づき、窓から中を覗きこんだ。着物姿の男性の背中が見える。

「わぁ、素敵!」

 思わず声をあげてしまった。中の人物は渋い藍色の着物を着流しにしていた。着物に慣れた人なのだろう。立ち姿だけでもそれがわかる。
 美琴がほうけている間に彼は外に出たようだ。

「そこにいるのは誰だ?」

 鋭い声に美琴が振り返ると、目の前に藍の着物の彼が立っていた。ちょうどそのとき強い風が吹き、桜の花びらが舞った。花吹雪を背景にした彼のあまりの美しさに、美琴はごくりと息をのんだ。

(はぁ。こんな綺麗な男の人、初めて見た。着物を着るために生まれてきたような人ね)

 特に瞳が印象的だった。凛々しくて、でも憂いを帯びたような……彼以上に和服の魅力を引き出してくれる人はそうはいないだろう。
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