嫁入り前の懐妊契約~極上御曹司に子作りを命じられて~
「美琴」
「ん、礼さんっ」

 彼の唇を受け入れようとしたその瞬間、まりえのささやきが聞こえたような気がした。

『身の程知らず』

「あ……いやっ」

 思わず、礼を押しのけてしまった。礼は少し驚いたように目を見開く。

「悪い。そんなに疲れていたか?」
「えっと……は、はい。すごく疲れてしまって」

 それは嘘だった。でも他にどう言い訳したらいいのかわからない。このモヤモヤの正体がなんなのか、美琴自身にもよくわかっていないのだ。まりえに対する劣等感なのだろうか。

(人と比べてどうこうなんて……情けないな)

 ずっと、自分はそういった感情とは無縁の人間だと思っていたのに。恋をするって、いいことばかりじゃない。美琴は身をもって実感した。

「本当にごめんなさい」

 彼をこばんだこと、そして嘘をついたこと。色々な意味を含ませた謝罪の言葉だった。礼はふっと頬を緩め、美琴の髪を優しく撫でた。

「謝ることじゃない。俺だって無理強いする趣味はないよ」

 彼の優しさが心にしみる。

「今日はありがとう。ああいう場は好きじゃないが、君のおかげで今日は楽しめた」

 礼は照れながらも、まっすぐに美琴を見つめそう言ってくれた。

(あぁ。私、この人が好きだ。どうしようもなく礼さんが好き)
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