嫁入り前の懐妊契約~極上御曹司に子作りを命じられて~
 唯一の難点は……この仕事、まったく出会いがない。着物の世界はやはり女性が多いし、たまに出会う男性もたいてい勝司よりうんと年上のお爺ちゃん世代だ。二十五歳のお年頃だというのに、美琴は恋愛も結婚も諦めモード。すっかり枯れ果てていた。

「まぁいいんだ。私はこの子たちがいれば幸せだから」

 着物を「この子」と呼ぶのは美琴の癖だ。どの子もかわいい我が子のように思って接している。そして、それは父の勝司も同じ。

「お~い、美琴。この子を御堂さんとこに届けておいてくれ」

 勝司が手にしているのは男性用の紋付羽織袴だ。落ち着いた鼠色で正絹ならではの美しい光沢がある。格から考えても、おそらく屋敷の主人である御堂礼のものだろう。
 彼は御堂流現家元の長男だ。御堂家の本家は京都にあり、あきづきがお付き合いさせてもらっている東京の屋敷は別邸なのだ。といっても、都心の一等地に建つとんでもない豪邸ではあるのだが。
 勝司は挨拶をしたことがあるそうだが、美琴は礼に会ったことはない。多忙な人だし、丸代の話によれば気難しい人で茶道の仕事以外で人に会うのは嫌いなんだそうだ。

「でも着物の趣味は素晴らしいわ」

 いつもながら礼のセンスは抜群だと美琴は惚れ惚れする。きっとこの羽織が似合う素敵な人なのだろう。

「頼んだぞ。俺はコンサルタントさんに会ってくる。夕方には戻るよ」
「は~い」

 勝司は最近あきづきの経営を評判のいいコンサルタントに頼んでいる。儲けを追求するつもりも商売を拡大するつもりもないが、現在の顧客だけではいずれ経営が行き詰まる。そうならないための打開策を検討してもらっているのだ。コンサルタントはまだ若いが、優秀なようで勝司はすっかり彼を信頼しているようだ。
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