夕ご飯を一緒に 〜イケメン腹黒課長の策略〜
気がついたら、いつもの場所に座ってて、ほかほかのご飯が目の前にあった。
メイクを落とすとか、お風呂に入るとか、日常のルーティンはこなしたらしい。
太一がじっとこちらを見ている。
「あ、あれ……?」
「ショックなのはわかるけどさ、とりあえず食べたら?」
「あ……うん……」
今日のメニューは、味噌そぼろ・炒り卵・ほうれん草とにんじんのナムルの四色丼、大根とワカメの味噌汁、キュウリと白菜の漬物。
味噌そぼろは、ちょっと中華風の味付けで、ひき肉はその時に安い物を使う。今回は豚ひき肉。
「……いただきます」
この味噌そぼろは私が好きなので、定期的に出てくる。
おいしい。ショックを受けてるのに、ちゃんとおいしく感じる。
よし、まだ大丈夫だ。
「おいしいよ、太一」
笑って言うと、太一もちょっとだけ笑った。
「それがねえ……実はね、息子が家を建て替えて、二世帯住宅にしてくれるって言うの。私ももう年だし、まだ体が動くうちに行ってみようと思って。家とアパートは残そうかと思ったんだけど、建物がね、もう古いし危ないから取り壊すことにしたの」
本当に申し訳ないんだけど、次に住む所を見つけてもらえないかしら、と弥生さんは言った。見付かるまでは、話を進めるのを待つから、と。知り合いにいいところがないか聞いてくれるとまで言ってくれた。
私は頭の中が真っ白になりながら、弥生さんに笑顔を向けた。……と思う。
弥生さんの息子さん夫婦は、仕事の都合で地方に行って、そちらで家を買っているはずだ。
弥生さんは、5年前に夫の弥一郎さんを亡くし、それからは一人暮らしだった。
生前の弥一郎さんも、弥生さんも、太一を孫のように可愛がってくれていた。私のことも『娘みたい』と、何かと気にかけてくれて、普段から仲良くしてもらっていた。
太一に最初に料理を教えてくれたのは弥生さんだった。ご飯を炊いて、おにぎりを作った。ご飯は炊飯器が炊いてくれるし、おにぎりは素を混ぜるだけ。火を使わないから、1年生でも安全に、簡単にできる。
「おにぎりができれば、とりあえず大丈夫。お母さんも安心でしょう」と、弥生さんは笑って言った。
涙が出るほど、ありがたかった。
確かに、おにぎりが作れるなら、もし私が何かの理由で帰れなかったとしても、お腹を空かせて待っていることはなくなる。
前に大きな地震があって、電車が止まり、帰ってくるのが遅くなってしまった時があった。その時、太一は保育園にいたから、身の安全と飲食は確保できていた。
その後、都度、考えていた。
小学生になったら。
学童保育もあるけれど、学童はおやつは出ても、夕食は出ない。延長しても、夕食はない。
他の友達と遊びたくなって、学童に行かなくなるのはよく聞く話だった。
そんな状況で、もし私になにかあったら。帰って来れなかったら。
いつかは助けが来るかもしれない。でも助けが来るまで、1人で、心細くて、お腹も空いてたら。
想像するだけで心が締め付けられた。
だったら歩いて行けるところに勤めようかと、本気で転職を考えていた矢先に、弥生さんが太一におにぎりを教えてくれたのだ。
「お腹がいっぱいになれれば、大抵のことは大丈夫」
弥生さんが、教えてくれた。
気持ちが、すうっと楽になった。
弥生さんは、それからも太一に簡単な料理をいくつも教えてくれた。洗濯も、掃除も。私が太一から教えてもらうこともあるくらい。
感謝だけじゃ足りない。恩人だ。
その恩人が、新しい生活に踏み出そうとしているのだ。
笑って送り出さなければ。
私達の心配なんてしないで、自分のことを考えられるように。
「……弥生ばあちゃん、向こうに行って、友達できるかな……」
太一がぼそっと呟く。
私よりも、太一の方が淋しいんだと気付いた。
そうだよね。本当のおばあちゃんよりずっと近くにいたんだもん。
「……大丈夫だよ。だって、弥生さんだもん」
太一の不安が少しでも軽くなるように、笑顔を見せる。
太一は、少し考えて、頷きながらご飯を口に入れた。
不安になってばかりもいられない。
とにかく住むところを探さなければ、と思った。