夕ご飯を一緒に 〜イケメン腹黒課長の策略〜
玄関で。
買い物から帰った太一と鉢合わせした。
「……いらっしゃいませ」
太一は、無表情。
仏頂面じゃないだけましだけど、お客様だぞ。
「ちゃんとご挨拶しなさい。中村さん、息子の太一です」
中村さんは、太一を一目見て「おお」と息を漏らした。
太一がぴょこんと頭だけを下げると、中村さんも慌てて頭を下げた。
「はじめまして、中村です。お母さんにはいつもお世話になってます」
太一はもごもごと「あ、どうも……」とかなんとか言った。
無表情を装っているけど、母にはわかる。
中村さんが綺麗なお姉さんで、照れているのだ。
いつも顔を合わせる大人の女性は、友達のママさんか先生だ。後は弥生さん。
その誰とも違うタイプ、しかも美人の中村さんに戸惑っているんだろう。
家に入っても、なんとなく挙動不審だ。おもしろくてニヤニヤしていたら、気付かれてムッとしてしまった。それも可愛い。
あんまり見てると怒られるからやめておこう。
中村さんが、私にささやいた。
「太一君、カッコいいですね。大人になったら、あいつなんかよりずっといい男になりますよ」
「ほめ過ぎです、中村さん」
本当にほめ過ぎだと思うけど、子どもをほめられて嬉しくない親はいない。
ついにやけてしまい、中村さんに肘でつつかれてしまった。
太一は、中村さんのリクエスト通り、親子丼を作った。
他に、味噌汁、大根の漬物。それと、インゲンのゴマ和え、ミニトマトとウズラの卵のらっきょう酢漬け。
黄、茶、白、緑、赤、と彩り豊かで、中村さんのテンションが上がった。
「わあ、おいしそう!」
嬉しそうな中村さんに、こっちまで嬉しくなってしまう。太一も嬉しいらしい。そりゃあね、綺麗なお姉さんに褒められたら嬉しいよね。
「じゃあ食べましょうか」
3人で手を合わせて『いただきます』をした時だった。
ピンポンが鳴った。
「……誰だろ」
太一も首を傾げている。心当たりはないらしい。
「先に食べててください」
中村さんに言って、立ち上がる。
玄関に立ち、ドアに向かった。
「どちら様ですか?」
くぐもった声が聞こえる。
「久保田です。突然すみません」
「え⁈」
慌ててドアを開けると、本当に久保田さんがいた。
「メッセージ送ったんですけど、全然既読にならないし、電話も出ないから、もし家にいるなら来た方が早いと思って」
「あ……」
中村さんが来てから、スマホなんて全然気にしてなかった。
「すみません、気付かなくて」
「いえ、それより、今ちょっと話す時間ありますか?」
「え、今ですか?今は……」
「ないわよ。お昼ご飯の時間なんだから」
私の背後から鋭い声が飛んできた。
ガラス戸の横に、中村さんが立っている。
「あれ、なんで中村さんがここに」
さすがに久保田さんも驚いている。
「せっかく太一君が作ってくれたご飯が冷めちゃうから、早く帰ってよ」
中村さんの鋭い空気を遮るように間に入る。
「あの、今日は中村さんが遊びに来てて、今ちょうど昼ご飯を食べようと……」
「ああ、じゃあ改めます。1時間後くらいにまた来てもいいですか?」
「そんな急な用件なんですか?」
「なるべく早い方がいいと思います」
久保田さんはにっこり笑う。
なんなんだろう。あ、もしかして仕事?
と思ったら、顔に出ていたらしい。
「仕事のことじゃありませんよ」
笑って言われた。恥ずかしくて、私も笑ってごまかす。
仕事じゃないなら、余計に思い付かない。
また来てもらうのも悪いなと思っていたら、中村さんの後ろから太一が顔を出した。
「上がってもらえば?いつまでもそこにいたら近所迷惑だし」
「え……」
太一が長くしゃべってる。これは機嫌が良い証拠。
「作り過ぎたから、あと1人分ならあるし」
「え、ご飯のこと?」
頷く太一。仏頂面だけど、本当に機嫌が良いらしい。
中村さんにずっと褒められてるからだ。料理の手際から、出来た物まで。
太一の機嫌が良いと、私も嬉しい。
こみ上げるにやにやを抑えて、久保田さんに向かう。
「だそうですが……この前と同じ親子丼ですけど、良かったら」
久保田さんは、ぱっと笑顔になった。
「いいんですか?」
いつもとは全然違う顔だ。
「はい、よろしければどうぞ」
機嫌の良い太一に、にこにこしてる久保田さん。
1人、中村さんはむくれている。
「なんでこいつと……」
ぶつぶつ言っているから、まあまあとなだめて、再び食卓に付いた。