夕ご飯を一緒に 〜イケメン腹黒課長の策略〜
次の日。
久保田さんに『話がしたい』とメッセージを送り、我が家の夕ご飯にご招待した。
快諾してくれてホッとはしたものの、ちょっと不安になって予定は無かったのかと聞いたら、即答で「ありません!」と返ってきた。
聞いたことないけど、休日はなにしてるんだろう。全然想像できない。
久保田さんは、指定した時間ににこにこしてやって来た。お土産に、と、駅前にあるケーキ屋さんのプリンを持ってきてくれた。
「ここのプリンはおいしいんですよ。昔から好きなんです」
甘い物は割と好き、という情報は会社で聞いたことがある。
ジーンズにパーカーというかなりラフな格好で、完全にオフモードだ。それもまたかっこいい。ちょっとの間、見とれてしまった。
夕ご飯のメニューは、太一がよく作る、肉野菜炒めあんかけ丼、タマネギとワカメの味噌汁、キュウリの漬物。
それらが並んだ食卓を見て、久保田さんは目を輝かせる。
「いい匂いですね。この丼かな」
「えっと、鶏ガラ、だよね?」
太一が頷く。
「鶏ガラスープの素」
「へえ、そういうのがあるんだ」
感心してる。この人、料理を全然しないのかな。あ、それとも本格的過ぎて、スープの素なんて使わないとか?
いや、あのキッチンの様子ではやらない方が正解か。
「食べましょうか」
そう言って、3人でいただきますをする。
久保田さんは、まず味噌汁を一口。
「うん、おいしい」
にこにこして、機嫌良さそうだ。
あんかけ丼を頬張って、頷いている。
相変わらず上品な仕草で、またあっという間に食べ終わってしまった。
久保田さんは太一に学校の話を聞いていた。
久保田さんの実家もこの近くにあって、太一と同じ小学校だったそうだ。校舎は建て替えられているけど、体育館は同じ。久保田さんが6年生の時に建て替えられて、そのままらしい。
時間が経ち過ぎているから共通の話題はないものの、太一は親近感がわいたようだった。
ずいぶんと、雰囲気が柔らかい。
なんというか、自然な空気感。
ここに久保田さんがいることが、とても自然なことに思える。
なんだか、不思議だった。
食後に、いただいたプリンを出した。
クリーム色の柔らかいプリンは、口に入れた太一の目を見開かせるほどおいしかった。
「……おいしい」
太一が言うと、久保田さんは満足そうに頷く。
「時々無性に食べたくなるんだよね、これ。気に入ってもらえて良かった」
太一はお店の名前と場所を詳しく聞いている。
この子も甘い物は好きなのだ。
「そんなに気に入ったんなら、また買ってくるよ。お母さんがいいって言ったら、だけど」
久保田さんはそう言って、意味ありげな視線を私に向ける。
話を始める合図だと思った。
太一を見ると、目が合った。
ちょっと緊張してるみたい。私もだ。
同じように思っていることに、少し気が楽になって、私は口を開いた。
「改めてお話しますけど……ウチの夕ご飯は、いつもこんな感じです。ご飯と汁物、おかずが一品か二品。おかずは出来合いの時もありますし、手抜きもします。お弁当にしちゃう時もあります。最高に手を抜く時は、冷凍チャーハンにご飯を混ぜるだけ、なんてこともします」
久保田さんの目が点になった。
「どうして?手抜きならそのままでいいんじゃないですか?」
「味を薄めるためです。そのままだと味が濃くて食べられないので」
ああ、と久保田さんは納得している。
「今日は、ちゃんとあんかけ丼ですけど、あんなしで肉野菜炒めがそのままご飯に乗っかってる時もあります。レトルトも冷凍食品もじゃんじゃん使います。味噌汁はインスタントの時もあるし、最悪は汁物無しっていう時も」
久保田さんは、静かに聞いてくれている。
「こんな感じの夕ご飯です。太一が作っても、私が作っても大体同じです。普段通りにするとこうなります。食材も普通のスーパーで売ってるものだし、調味料も高い物じゃありません。だしの素は和洋中と必需品だし、めんつゆは万能調味料だと思ってます。唯一の取り柄は薄味なことくらいです」
普通の夕ご飯。手抜き寄り。いや、手抜きど真ん中。
「それでも、いいですか?とても家賃の差額分には思えませんけど、ご厚意に甘えても、いいんでしょうか?」
恐る恐る久保田さんを窺う。
久保田さんは、私と太一を両方見て、フッと笑った。
「僕の、普段の食事がどうなってると思いますか?」
「え……」
「朝は飲み物だけ。昼は、誰かと一緒の時はちゃんとした物を食べますけど、大抵コンビニのおにぎりかパンで、時間がないと食べない時もあります。夜も、そんな感じです。弁当か、なにかつまめる物を買ってくるか……僕は料理はやらないし、ウチのキッチンはお湯を沸かすくらいしか使いません。実際見たから、わかりますよね」
わかる。モデルルームみたいだった。使ってる形跡がまるで無い。
「今まで『食』は全く重要視してなかったんです。でも、この前ここで親子丼をごちそうになって、いいことづくめで。家賃の差額分以上の恩恵があると思ってます。だから、堂々としていてください。家のことがなくても、お願いしたいくらいなんですから」
久保田さんは、ニッと笑った。
腹黒でもない、爽やかでもない、この人の底の方から出てきた表情。
素敵だった。これで、1年は頑張れそうな気がする。
「てことは、僕が了承すれば、契約成立ですね?」
私は頷いた。
「はい。いかがでしょうか」
私と太一、揃って久保田さんを見つめる。
久保田さんは、目を細めて、穏やかに笑った。
「こちらこそ、よろしくお願いします」