夕ご飯を一緒に 〜イケメン腹黒課長の策略〜
帰ってから、太一と久保田さんはベッドを組み立てた。
家具の組み立てなんて、そう多くやることではないので、戸惑いながらも2人で組み立てる順番を話し合ってやっていた。
寒い季節なのに汗だくになって、組み立て終えたら日も暮れていた。
「ご飯にしますから、2人ともシャワー浴びてきてください」
声をかけたら、太一は頷いたけど、久保田さんはぽかんとしている。
そんな顔、見たことない。思わず笑ってしまった。
「汗だくのままじゃ気持ち悪いでしょ?」
「あ、いや、そうじゃなくて、ご飯って」
なぜか焦ってる。さすが、焦っててもカッコいいな。
「夕ご飯です。車出していただいたし、ベッドも組み立てていただいたし、せめてものお礼です。あ……ご迷惑でしたか?」
約束とかあっただろうかと思ったら、久保田さんは首をぶんぶんと横に振った。
「とんでもない。平日っていう約束だったのでびっくりしただけです」
「良かった。じゃあ、サッパリしてから食べましょう」
はい、とタオルを出したら、久保田さんは受け取らずににっこり笑った。
「自分ちに行ってきます。ついでに着替えてきますよ」
「あ、そっか。そうですよね」
じゃあ、と隣にいた太一にタオルを渡す。
「夕ご飯なに?」
「しょうが焼き」
太一の大好物だ。
太一は機嫌良さそうにお風呂場へ行った。
久保田さんもにこにこして、
「楽しみにしてます」
と言って、玄関を出て行った。
好きなのかな、しょうが焼き。
そういえば、久保田さんの好きな物とか嫌いな物、苦手な物をちゃんと聞いていなかった。
味の好みとか、後で聞いておこう。ご希望に添えるかどうかはわからないけど。
今日は、豚のしょうが焼き、キャベツの千切り、蓮根のキンピラ、豆腐とワカメの味噌汁、ご飯。
おかずを並べて、太一がご飯を、私が味噌汁をよそっているところに、久保田さんが戻ってきた。
スウェットにパーカー、髪は生乾きで毛先がまだぬれている。急いで来たみたい。そんなオフな感じもカッコいい。
「そこの、座布団にどうぞ」
久保田さん用の座椅子までは用意してないので、今日はみんなで座布団だ。
座った久保田さんは、じっとテーブルの上を見ている。
太一がご飯を置くと、それもじっと見ていた。
私が味噌汁を持って行くと、小さな声を出す。
「あの、これ……」
味噌汁を指差している。
「お味噌汁です。豆腐とワカメですけど、もしかして苦手でしたか?」
「いえ、そうじゃなくて」
久保田さんが箸を手に取る。
「これ、もしかして、用意してくれたんですか?」
ああ、食器のことか。
「今日買ってきたんです。あった方がいいかなって。ね?」
太一に振ると、無言で頷く。
久保田さんは、私と太一の顔を順番に見て、食器に目を移した。
「茶碗もお椀もお皿もですよね」
私は頷いて、麦茶が入ったマグカップを指差した。
「これもです」
久保田さんはそのマグカップを持ち上げて、くるっと全体を見て、へにゃっと笑った。
なにその笑顔。可愛いんですけど!
「凄く、嬉しいです」
そう言って、順番に食器を持ち上げて見ている。子どもが新しいおもちゃを買ってもらったみたいだ。
それもまた可愛い。
かっこいいと思ったことは何度もあるけど、可愛いと思ったのは初めてだ。
「ありがとうございます」
そう言って、またへにゃっと笑う。
こちらも自然と笑顔になった。
「喜んでもらえて良かったです」
太一もちょっとだけ笑顔になっている。
ああ、なんかいいなあ、こういうの。
みんなが自然に笑えてる。
なんだか、とても幸せな気分。
その気分のまま、3人でいただきますをした。
よく考えたら、私が作ったご飯を久保田さんが食べるのは初めてだ。
太一のはおいしいって言ってくれたけど、私のはどうなんだろう、と不安になる。
様子を窺うと、久保田さんは、まず味噌汁を口にした。その後、しょうが焼きを口に入れる。
そしてまた、へにゃっと笑った。
「おいしいですね、しょうが焼き」
その笑顔に、その言葉。
破壊力抜群です。もうあと10年は頑張れます。
久保田さんも太一も、ぱくぱく食べて、あっという間にお皿は空っぽになってしまった。
お腹が空いてたのもあるだろうけど、こんなに綺麗に食べてくれると気持ちが良い。
太一が『綺麗に食べてくれる』って嬉しそうに言ってた気持ちがよくわかる。
「しょうが焼きは好きなんですか?」
マグカップが空になったので、麦茶を注ぎ足しながら聞いてみる。
「うーん、好きっていうか、外食であんまりハズレがないから頼むっていうくらいですね。でも、今日のは好きですよ」
良かった、私のご飯も口に合ったらしい。
「味付けが、白米とちょうど良くて。ついがっついちゃいました」
あははと笑いながら、自分の食器を持ってキッチンへ。
ちゃんと片付けてくれるのも、嬉しい。
食器を洗おうとして、太一に「食洗機あるから」と止められている。自分ちにもあるのに忘れていたらしい。本当にキッチンは使っていないんだな、と思う。
太一に食器を託して、戻ってきた久保田さんに聞いてみた。
「あの、この前好き嫌いはないって言ってましたけど、実は苦手な物とかありませんか?あと、好きな物。好みの味とかあれば、教えてください」
「味付けですか……なんだろう」
すごい考えてる。食は重要視してないって言ってたよね。今まで、本当に二の次だったんだろうな。
「ざっくりと、ご飯が好き、とか、麺類が好き、とか。和洋中、どれがいい、とか、ありませんか?」
そう聞いたら、うーんとうなりながら答えてくれた。
「ご飯も麺も食べるし、和洋中もあんまり意識したことないですね……辛すぎたり、苦すぎるのはちょっと遠慮したいですけど、食べられないってことはないし……」
「好きな食材とかないですか?肉と魚ならどっちがいいとか、ピーマンは好きじゃないとか」
「肉も魚も食べますよ。どっちが、っていうのはないです。ピーマンも別に嫌いじゃないし、食材は……うーん……」
考え込んでしまった。
本当に、ないんだろうな。
まあいっか。それなら。
「じゃあ、これから、これ好きとか、これ苦手とか、そういうのが出てきたら、教えてください。特に苦手なものは、遠慮しないで言ってくださいね」
そう言うと、久保田さんは拍子抜けしたような顔をして、フッと笑った。これはカッコいい方の笑顔だ。
「わかりました」
久保田さんは、残っていたお茶を飲み切って、カップを片付けて帰って行った。
「明日、何にしよう」
テレビを見ながら、太一がポツッと呟く。
「夕ご飯?」
「あの人、何出しても大丈夫そうだよね」
「久保田さん?さっき聞いたけど、本当に好き嫌いなさそうだったねえ」
太一の目は上を向いている。家にある食材を思い出してるんだろう。
「でもさ、あんまり気にしないで、普通に作りなよ。久保田さんのために作るんじゃなくてさ、ウチの夕ご飯に混ぜてって言ってるんだから」
「そっか……ウチは普通でいいんだ」
「そうだよ。ただ苦手な物は避けてあげた方がいいと思うけど」
「お母さんのピーマンみたいに?」
太一がニヤついている。
私はピーマンが苦手だ。食べられるけど、自分では買おうと思わない。
「そう、太一の豆みたいに」
太一は豆類が苦手。枝豆と黒豆は食べられるけど、他は避けている。
「じゃあいつもの感じにするよ」
「そうそう、頑張ると息切れしちゃうからね。サボりたかったらサボっていいんだよ」
「その時はどうすんの?」
「お母さんが作るかな」
「なんか買ってくる」
「ちょっと、少しは頼りなさいよ」
「はいはい」
この母は、全く頼りにされていないらしい。
太一は、少し気が楽になったみたいだった。
良かった。やっぱり負担は感じるもんね。
普通に作っても太一のご飯はおいしいんだから、もっと自信持てるように話していこう。
必要以上の負担を感じないように、できれば楽しんで作れるようにサポートしようと、決意を新たにした。