夕ご飯を一緒に 〜イケメン腹黒課長の策略〜
月曜日出勤したら、中村さんが引っ越し祝いにティッシュケースを持ってきてくれた。部屋に一つずつ、計3つも。
食パンの形をしたそれは、太一のリクエストなんだそうだ。私が知らないうちに決まっていたらしい。
「可愛い!ありがとうございます!」
「引っ越しの手は足りましたか?」
中村さんは、引っ越しの手伝いを申し出てくれていたけれど、荷物が少ないからとお断りしていた。
「大丈夫でしたよ。片付けもすぐ終わりましたし。もう少し落ち着いたら遊びに来てください」
「わ、是非是非!」
近いうちに、と約束して、仕事を始める。
疲れはまだ残っていたけれど、気分は上がっていたので、仕事は快調に進んだ。
いつも通り定時で会社を出る。
駅に向かう道で信号を待っていたら、横から声がした。
「お疲れ様です」
見ると、能面を外した久保田さんがいた。
「はや……く、ないですか?」
「時間はどうにでもなるって言ったでしょう?」
「お仕事大丈夫なんですか?」
「それも、どうにでもなるんですよ」
信号が青になって、歩き始める。
「夕ご飯が楽しみで、早く終わらせたんです」
久保田さんはにこにこしている。
本当に楽しみなんだろうな。
とは言え、今まで残業続きだったのに、そんなに早く終われるもの?
「あの、無理しなくても、夕ご飯は逃げませんよ」
そう言ったら、久保田さんが目を点にした後、笑い出した。
「わかってますよ。これからは遅くなる時もありますから。無理はしてません、大丈夫です」
「それならいいんですけど」
久保田さんの足取りは軽い。
「今日のご飯はなんですかねえ」
鼻歌でも出てきそうな感じで、楽しそうに歩く。
「そんなに楽しみですか?」
思わず聞いてしまった。
久保田さんは、照れくさそうに笑う。
「そう見えますか?」
「はい、とっても」
私も、太一のご飯は楽しみではあるけれど。
「昨日もごちそうになったでしょう?しょうが焼き」
普通の、というか、チューブを使った手抜きしょうが焼きだったけど。
「やっぱり今日もいつもよりも調子が良くて。体は軽いし、頭も冴えてる。世界が変わったっていうか」
「……そんなに?」
自分でもわかるくらい、眉根が寄っている。
いくらなんでも大袈裟じゃないかな。だってなにしろ手抜きだったし。
「そんなに、です。僕にとっては」
私の表情を見て、久保田さんはフッと笑った。
「だから、楽しみなんですよ」
いまいち腑に落ちなかったけど、帰宅ラッシュの電車に飲み込まれて、それ以上は聞けなかった。