夕ご飯を一緒に 〜イケメン腹黒課長の策略〜


 7年前。
 客先の社内恋愛に巻き込まれた。
 巻き込んだ相手は、日頃から社内でイチャついたりケンカしたりと迷惑な人達だったらしく、むしろ客先には謝罪と同情をされて、仕事はスムーズに終わったくらいだった。
 他人の恋愛ごとに巻き込まれるのは珍しいことじゃない。だから、それ自体は大したことじゃなかった。
 ただ、入社以来、気を抜けないことが多くて、それがきっかけで疲れがドッと出ていた。
 学生時代よりも愛想良く笑い、それを続けることにまだ慣れ切っていなかった。
 昔から外せない優等生の仮面。楽な時の方が多いけど、その時は疲れていた。

『休んでもいいけど。疲れてるみたいだし』

 打ち合わせが終わった会議室で、不意に言われた。

『俺戻るけど。確かこの部屋、この後空いてるはずだから、その資料もう一回見直して』

 1人になれるから。
 言外に聞こえた、須藤さんの言葉。

 あの時、この人には敵わないと思った。
 隙あらば恋人を奪おうとしてる相手を、こんな風に気遣うなんて。僕にはできない。
 疲れと、敗北感で、動けなかった。

 須藤さんは、動かない僕をそのままにして、そっと出て行った。

 それは、僕がその時一番してほしいことだった。

 こういうことができる人だから。
 あの人は安心して笑っていられる。
 須藤さんの隣で。

 あきらめるしかない。
 わかってたけど、思い知らされた。

 深い深いため息を、何度も吐いた。
 あの人への思いを吐き出すように、何度も。
 吐いても吐いてもなくならなくて。

 結局、その場でどうにかなるものではない。
 でも、少しすっきりしたから、そのまま有給を申請した。
 いつもと違う場所に行って、また吐き出したら、もっとすっきりするかもしれない。そう思って。
「なんか大変だったみたいだし、ゆっくり休めよ」
 当時チームリーダーだった小田島さんがそう言ってくれた。
 その『大変』は巻き込まれた方で、僕にとっての『大変』とは違ったけど。

「そうですね。失恋旅行でもしてきます」

 そう言えば、事情を知ってる小田島さんには伝わると思って。
 須藤さんにも聞こえるように。
 あきらめます、と、伝わるように。

 それは、爆弾発言として社内外に凄い勢いで広まっていったらしい。

 相手は誰なのか、様々な人から聞かれたりさぐられたりしたけど、僕は何も言わなかった。
 大分噂になったようだったけど、特定はされずに、時間と共に薄れていった。



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