夕ご飯を一緒に 〜イケメン腹黒課長の策略〜


 外出していた西谷さんが帰ってきて、すぐにどこかへ行き、10分くらいして、また戻ってきた。
 チームのみんなに向かって言う。
「えーと、みんなに報告があります。今日、本田さんが出産のために入院しました。それで、須藤君がばたばたするので、ちょっと別階に応援がほしいんだそうで」
 とりあえず2・3日のことらしい。
「まあ、ウチも誰も空いてないんだけど、みんなでカバーし合えばなんとかなりそうだと思って。誰が1番都合がいいか、相談して決めようと思うんだけど」
 みんなで顔を見合わせる。
 私、中村さん。他に、5年目の山本さん、4年目の畠山さん、1年目の宮内さん。この3人は男性だ。
 まず宮内さんは、まだ経験が足りず戦力としては出せない、となった。
 中村さんと山本さんは、納期が迫った仕事を抱えていて行けない。
 残ったのは私と畠山さんだ。畠山さんは、宮内さんの教育係でもあるので、残った方がいいだろう、ということで。
 私が行くことになった。何かあったら、畠山さんが私のフォローもしてくれるそうだ。
「須藤君の代わりは2課の人がやるから、そのフォローに回ってほしいらしいです」
 ちょっと安心した。須藤さんは優秀な2課の中でも更に優秀って聞いてるから、代わりが務まるのかと心配だった。
「なんか、こちらの都合で振り回してすみません、小平さん。よろしくお願いします」
「大丈夫です。これも代理の内ですよ」
 私がそう言うと、西谷さんはほっとしたように笑った。



 ちょっとした打ち合わせもあるらしいので、別階に向かう。私1人でいいと言ったのだけど、こういう時は顔を出した方が後々いいから、と西谷さんも一緒に来た。
「デスクはこっちのままでいいそうです。ただ、別階に行かなきゃいけないこともあると思うんで、あっちこっちで面倒かもしれません」
「わかりました」
「でも、基本的にはデスクにいていいはずなんで。良かったです。小平さんがいないと、中村さんが機嫌悪いから」
 階段を降りながら、西谷さんが苦笑する。
 私も苦笑するしかない。
「そんなホッとする程ですか?」
「知らないでしょうけど、機嫌が悪い中村さんは、ほんっとーに怖いんです。小平さんがいるのといないのとじゃ雲泥の差」
「そんなに?」
「そうですよ。本田さんがいるみたいに落ち着いちゃうんですから」
「そこも代理できて良かったです」
「ほんと、ありがとうございます。って、変なところ頼りにしちゃってすいません」
「いえいえ、お役に立ててなによりです」
「仕事も頼りにしてますから。あれ、なんか取って付けたみたいだけど、ほんとですよ」
「それならいいんですけど」
「ほんとですから。作業は早いし、こっちの希望以上のこともしてくれて、助けられることも多いんですよ」
 焦って言う西谷さんがおかしくて、つい笑ってしまった。
「すみません、そんな風に言ってくださってありがとうございます。本田さんが戻って来るまで頑張ります」
「こちらこそよろしくお願いします」
 目が合って、2人で笑った。
「あ、久保田君、お疲れ」
 久保田さんが階段の下にいた。今から上がろうとしていたようだ。
 こちらを見上げて、会釈をする。

「お疲れ様です」

 一瞬。
 ほんの一瞬、久保田さんの笑顔が揺らいだ気がした。
 あれ?と思ったけど、相変わらずの能面笑顔だった。

「こっちに用事ですか?」

 気のせいだったかな。いつもと変わりなく階段を上がってくる。

 久保田さんの問いには、西谷さんが答えた。
「須藤君のフォロー、小平さんが入ることになったから、今から挨拶。よろしくね」
「わかりました。よろしくお願いします」
 そう言う久保田さんの目は、何故かいつもより鋭い。
 少し怖いと思ってしまって、私の笑顔はひきつってしまう。
「よ、よろしくお願いします……」
 頭を下げている間に、久保田さんは階段を上がって行ってしまった。

 普段から能面笑顔を貼り付けているから、久保田さんの感情はわかりにくい。
 でも今のは、わかってしまった。なにか、負の感情を持っている。

「珍しい」
 私の少し先で、階段を降り切った西谷さんが呟く。
「機嫌悪いのかな、久保田君」
 久保田さんが消えた方を見たまま、少し心配そうだ。
「なにかあったんでしょうか」
「どうだろう。なにかあったにしても、あんなの珍しいんですけどね。いつも笑顔が貼り付いてるから」
 中村さんみたいなことを言う、と思ったら、言葉の出どころはやっぱり中村さんなんだそうだ。
「あれも一種のポーカーフェイスなのかな。落ち着いてるって言えば聞こえはいいかもしれないですけど……ああでも」
 私を見て『そっか』と呟く。
「小平さんか」
「え?」
「小平さんがいたから、出てきちゃったんだ。そっか」
「え……どういうことですか?」
 西谷さんは、ははっと笑う。
「小田島さんから、少し聞いてます。久保田君は小平さんが相手だと、ちょっと変わるって」
 ……はい?
「変わるってなんですか?」
「他の人と、態度が違うって。感情が表に出ちゃうってことだったんですね。だからさっき……」
 はっ、と西谷さんが息を飲んだ。
「ああ、俺か……やばいな、誤解された」
 ぶつぶつ言ってる。私、置いてけぼりなんですけど。誤解ってなに?
 眉を寄せる私を見て、西谷さんは苦笑する。
「とりあえず行きましょうか」
「……そうですね」
 とりあえず、仕事しよう。
 考えるのは、帰ってからでもできる。



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