夕ご飯を一緒に 〜イケメン腹黒課長の策略〜


 電車は満員で、会話どころじゃなかった。
 車両トラブルによる遅延で、ただでさえ混んでいる時間帯なのに更に混んでいて、押し込まれてぎゅうぎゅうだ。
 入り口の反対側のドアまで押されて、僕の前にいる彼女をつぶさないように、ドアに手をついて踏ん張る。
 僕の顔のすぐ下で、彼女の髪が揺れる。
 昨日みたいに抱きしめたくなるのを、ぐっと手を握ってこらえた。

 電車を降りる。
 2人同時にふうっと息をついた。
 目が合って、笑う。
「凄い混み方でしたね」
 彼女も笑ってくれた。
「ほんと、いつもならつぶされちゃうところでした」
 そして、彼女はぺこっと頭を下げる。
「今日は久保田さんがガードしてくれたから、つぶされずに済みました。ありがとうございました」
 その仕草は太一君と全く同じで、つい吹き出してしまった。
「……?」
 笑いをこらえている僕を、彼女は不思議そうに見ている。
「……すみません、今の、太一君と同じだったから。ああ親子なんだなって、改めて思いました」
 そう言うと、彼女は照れくさそうに笑う。
「顔は似てないんですけど、そういうのは結構あるみたいです。やっぱりずっと一緒にいるから、移っちゃうんでしょうね」
 その笑い方も、太一君と一緒だ。
 そんな発見をできたことが、嬉しくなった。
「僕も、混ざりたいです」
 それは、素直に口から出た言葉。
 彼女はきょとんとして僕を見ている。
「僕も、混ぜてもらえませんか?」
 彼女の足が止まった。
 僕も合わせて止まる。
 彼女は、目をぱちぱちさせる。
「……えっと、夕ご飯、ですか?」
 僕はまた吹き出してしまう。
「夕ご飯なら、もう混ぜてもらってますよ」
 笑いながら言うと、彼女は今度はぽかんと僕の顔を見る。
 僕が笑うと、こうやって見ていることが多い。
「どうかしましたか?」
「あ、いえ……」
 はっとして、うつむく。恥ずかしそうだ。

 そして、気付いた。
 彼女が僕を見ているのは、僕が素のままの時だ。
 思わず笑ったり、反応したりしてる時。
 仮面をかぶっている時は、普通だ。
 だからか。
 彼女に顔を見られるのは不快じゃなかった。
 きっと彼女は、素の僕をちゃんと見ていてくれたから。

 凄く嬉しい。

 どうか、受け入れてほしい。

「夕ご飯だけじゃなくて、これからの、小平家の、いろんなことに、僕も混ぜてほしいんです」

 彼女は、またきょとんとして、僕が言ったことを、口の中でぶつぶつくり返している。
 そして、ようやく言葉の意味はわかったようだった。
「は……ウチのって、え……どういうことですか……?」
 僕の真意は伝わってないらしい。
「もう一度言いますよ。これからの、小平家のいろんなことに、僕も混ぜてください」
 彼女はぽかんとしている。顔に?マークが貼り付いているみたいだ。
「小平さんの、これからの人生に、僕も混ぜて欲しいんです。嬉しいことも、悲しいことも、太一君のことも含めて、全部」
「……全部?」
 彼女はまだぽかんとしている。
 彼女にとっては突然だし、無理もないか。
「そう、全部です」
「え?あ、あの」
 彼女が焦り出す。
 僕は続けた。僕も緊張している。ここで途切れたら、もう一度始める勇気はない。
「どんな形でもいいです。結婚してもしなくてもいい。一緒に住めたら嬉しいけど、今の形でも構いません。太一君が無事に成長して、巣立つまで待ってもいい。でも、離れるのは嫌です。一番近くにいたいです。笑い方とか、仕草とか、癖が移っちゃうくらい、近くにいたいです」

 息を吸って、吐いた。

「あなたのこれからの人生に、僕を混ぜてください」

 4回目だ。さすがにもうわかるだろう。
 彼女は目を丸くして、僕を見ている。
「え……人生……?夕ご飯じゃなくて?」
「夕ご飯だけじゃなくて、他のいろんなことに、ですよ」
「……私の?久保田さんが?人生に混ざるって……」
 混乱しているらしい。
 僕は、一歩近付いて、彼女の手を取った。
「こうやって」
 そして、歩き出す。
「家に帰りましょう。毎日」
 彼女は、手を引かれて付いてくる。
「それから、ご飯、食べましょう。太一君も一緒に」
 歩きながら、微笑みかける。でも内心はガチガチに緊張している。
「もし、嫌だったら、手を離してください。それでも、マンションは今まで通り。出て行けなんて言いませんから、安心してください。気まずいなら、僕の方が出て行きます。夕ご飯の件も、無しにしていいです。僕が昨日あんなことをしたのが悪いんですから」
 そう言うと、彼女は目をそらしてうつむいた。
 表情は暗い。
「そんな、あの、昨日のことは……私は大丈夫ですから、本当に気にしないでください。忘れますから。あんなことくらいで責任感じなくてもいいですから」

 衝撃だった。
 言葉を失った。
 あんなことくらい、って。
 責任、てなんだ。
 忘れる、って。
 どうして。

 暗い表情で、彼女は続ける。
「久保田さんが、今まで通りでいいんなら、私もそうします。夕ご飯もそのままで大丈夫です。太一に心配かけたくないし、その方がいいから、そうしましょう」

 目の前が、真っ暗になった。

 何かが違う気がするのに、何もできない。

 余りのショックに、僕は、手がつながれたままだったことに、気付かなかった。




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