夕ご飯を一緒に 〜イケメン腹黒課長の策略〜
14.
「あなたのこれからの人生に、僕を混ぜてください」
何を言われているのか理解できなかった。
確か、言い方は違うけど、何回か同じことを言われたと思う。
「え……人生……?夕ご飯じゃなくて?」
人生ってなんだっけ?
そんなことを思ってしまうほど、頭の中はパニクっていた。
そんな私に、久保田さんは優しく微笑む。
「夕ご飯だけじゃなくて、他のいろんなことに、ですよ」
「……私の?久保田さんが?人生に混ざるって……」
言葉がつながらなくて、理解できない。
混ざりたいのは夕ご飯じゃなかったっけ?
パニック状態の私に、久保田さんは一歩近付いた。
そうして、私の手を取る。
「こうやって」
取った手をつなぎ直して、歩き出す。
つないだ手は大きくて、私の手を包み込む。
あったかい。
「家に帰りましょう。毎日」
毎日?こうやって、手をつないで?
どうしてこの人はこんなことをするんだろう。
昨日だって、私を抱きしめた。
「それから、ご飯、食べましょう。太一君も一緒に」
今も、まるでプロポーズみたいなことを言って、手までつないで。
勘違いしちゃうじゃない。
私のことが、好きなのかもって。
ありえない。
太一の父親のことを思い出してしまう。
イケメンで、優しさを装うのがとても上手くて、だからモテモテで。
でも、それしかなかった人のことを。
上辺だけを取り繕って、その時が良ければそれで良くて。
私と付き合うって言いながら、他にも何人とも関係があって。
私が妊娠したとわかった途端に、逃げていった人のことを。
この人は違う人。
わかってる。
同じイケメンでも、モテモテでも。
「もし、嫌だったら、手を離してください。それでも、マンションは今まで通り。出て行けなんて言いませんから、安心してください。気まずいなら、僕の方が出て行きます。夕ご飯の件も、無しにしていいです」
この人は、相手のことを考えることができる。
だから、こんなに私のことを気にするの?
「僕が昨日あんなことをしたのが悪いんですから」
『あんなこと』って。
ただ、抱きしめただけじゃない。
中学生でもあるまいし、そんなことで人生まで持ち出すの?
気にしないでって言ったのに。
大丈夫なのに。
「そんな、あの、昨日のことは……私は大丈夫ですから、本当に気にしないでください。忘れますから。あんなことくらいで責任感じなくてもいいですから」
きっと、珍しかったんだよね。
黙っててもいろんな女性が寄ってくる人だもん。
たまたま、毛色が違う私みたいなシングルマザーが近くにいて、家のことで困ってたから助けちゃって、太一のご飯で胃袋つかまれちゃって、母親の私も気になるって、錯覚してるだけ。
一時の気の迷いなんだから。
だから、これ以上近付かないで。
あの時と同じ思いは、もうしたくない。
「久保田さんが、今まで通りでいいんなら、私もそうします。夕ご飯もそのままで大丈夫です。太一に心配かけたくないし、その方がいいから、そうしましょう」
突き放す言葉が口から出てくるのに、つないだ手は離せなかった。
凄く、あったかかったから。
毎日この手に触れたいと、思ってしまったから。
呆然としている久保田さんは、それでもしっかりと私の手を握っていてくれて。
錯覚なのに。勘違いなのに。
愛情を、感じてしまった。