夕ご飯を一緒に 〜イケメン腹黒課長の策略〜


 お風呂に入って、今日はもう早めに寝てしまおうと、太一と一緒に準備をする。
 太一の就寝時間は9時。夜更かししたい日もあるみたいだけど、時間が来ると眠くなってしまうらしい。
 歯磨きを終えて部屋に入ると、太一は布団に入ってスマホを触っていた。誰かとメッセージをやり取りしているらしい。

 そう。実は、太一はまだ私の部屋に布団を並べて寝ている。
 『落ち着かない』と言って、布団を抱えて戻ってきたのは、マットレスが届いたその日の夜中だった。一晩もベッドで寝ていない。
 とんだ甘えん坊になってしまったと、育て方を振り返ったりしたけど、いずれは1人で寝る日が絶対に来るんだから、気が済むまでこのままでいようと思い直した。
 ベッドを組み立ててもらった久保田さんには申し訳なさ過ぎて、このことは言えていない。

「電気消すよ」
 そう言うと、ささっとメッセージを送って、パタンとケースのフタを閉じた。
 寝る直前のスマホは良くないんだよねと思うけど、それは太一にも言ってあるし、たまのことなので見逃している。
「おやすみ」
「うん」
 太一は寝付きはいい。
 いつもは電気を消すと、すぐにすうっと寝息が聞こえてくる。
 でも今日は、なかなか寝息が聞こえてこない。
 太一の方を向くと、太一もこちらを向いていた。
「眠れないの?」
 聞いたら、首を振って、あっちを向いてしまった。
 こういう時は、何か話したいことがある時だ。
 でもしつこく聞くと怒るので、太一から話してくれるのを待つことにしている。

 何かあったのかな。学校かな。友達かな。
 引っ越しで忙しかったから、あんまり話してないし、家のことで何かあるのかも。

 じっと待っていたけど、何も言わないまま、寝息が聞こえてきた。

 まだ、眠れないほどの悩みはないのかな。
 それならそれでいい。
 眠りたくても眠れなくなる時だってやってくるんだから。

 母は、今まさにその時。



 寝ようとして目を閉じると、久保田さんの優しい笑顔を思い出す。
 とろけそうに笑って、言ってた。

『こうやって、家に帰りましょう。毎日。それから、ご飯、食べましょう。太一君も一緒に』

 つないだ手は、あったかかった。
 抱きしめられた時も、あったかかった。
 あったかくて、ずっとそのままでいたいと思った。

 でも、できない。
 あのあったかさを一度手にして、もし失うことになってしまったら。
 あの優しい微笑みを、失くしてしまうなんて。
 耐えられない。
 それなら、最初から無い方がいい。
 無くても、私は大丈夫。
 今まで通り。
 大丈夫。




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