夕ご飯を一緒に 〜イケメン腹黒課長の策略〜
15. 圭
「くーぼーたかちょーさっきから何回も呼んでるんですがー」
近くで声がして、ハッと気付いた。
見ると、横にウチの課の森山さんがいた。
「あ……すみません、なんですか?」
「このデータ、確認してもらいたいんだけど」
USBメモリを出された。
「はい、わかりました」
受け取ってパソコンに挿す。
「具合でも悪いの?大丈夫?」
「大丈夫です。すみません」
データを確認して、USBメモリを返す。
「問題なさそうです。このまま進めてください」
「了解」
森山さんはメモリを受け取って、デスクに戻りながら言う。
「昨日まで調子良さそうだったのに。なんかあった?」
心配してくれているようだ。
営業2課は、課長である僕の他に2人いる。
森山さんは42歳。本当なら課長にはこの人がなるはずだったのだが、家庭の事情により辞退した。
もう1人は、今外出中の三原さん。小・中学生2人のお子さんを持つ、40代のパワフルな女性だ。
2人とも、年下の僕が上司になるのを嫌がらず、むしろ若過ぎる僕をサポートしてくれる頼もしい存在だ。
「いえ、大丈夫です」
そう言うと、森山さんは鼻で笑う。
「嘘だね。朝からため息ついてはぼーっとして、仕事全然進んでないでしょ」
返す言葉はない。実際仕事は進んでいなかった。
「仕事?プライベート?話聞く?」
「……いえ」
おもしろがられている。別に不快ではないけど、話す気はない。
「すみません、集中します」
「たまにはいいんじゃない?集中できなくても」
森山さんはこれから外出の予定だ。コートを着ながら言う。
「今日は外出無い日でしょ。1日くらいぼーっとしててもどうってことないよ。普段からそのくらいの仕事はしてるんだから。じゃ、出かけてくるわ」
「行ってらっしゃい……」
力無く声をかけると、森山さんは苦笑して出て行った。
森山さんはああ言ったけど、今日やらなきゃいけないことはある。
本当に進んでいないから、今日は残業確定か。
でも、その方が、彼女にとってはいいのかもしれない。
避ける訳じゃないけど、気まずいだろうし。
太一君に、遅くなるから今日の夕ご飯はいらないというメッセージを送った。
まだ学校だから、返事は返ってこない。
気を抜くと、昨日の彼女の声が聞こえてくる。
『私は大丈夫ですから、本当に気にしないでください。忘れますから。あんなことくらいで責任感じなくてもいいですから』
うつむいていて、表情はよく見えなかった。
あの時のことを、何度も思い返す。
でも、僕に都合のいい事実はなかった。
拒否されたんだ。
なかったことにされたんだ。
僕は責任なんて感じてない。自分の気持ちを言っただけだ。
でも、駄目だった。そういうことだよな。
いい加減仕事をしないと、残業どころか帰れなくなる。
そう思ってデスクに向かうけど、全く進まない。
気付くと、何もせずにぼうっとしている自分がいる。
こんなことは初めてで、それにも戸惑っていた。