夕ご飯を一緒に 〜イケメン腹黒課長の策略〜
いつのまにか、昼休みになっていた。
肩をたたかれて、そのことに気付く。
振り向いたら、小田島さんがいた。
「また失恋でもしたか?」
ずうん。
言葉が脳天から体に突き刺さった。
どんな表情をしていたか自分ではわからないけど、僕の顔を見た小田島さんが目を見開いた。
「あれ……ごめん……」
謝られた。
そのことが、事実を決定付けた気がした。
失恋か。
そうか。駄目だったってことは、そういうことか。
小田島さんの目からみるみる力がなくなっていく。
「とりあえず、飯行こう。ほら、立って。大丈夫、今誰もいなかったから、また噂になるなんてことはないぞ。だから、えーと、あっ屋上行こう。寒いから誰もいないだろ。あのほら、会社の前に、弁当のワゴン来てるだろ?結構おいしいの、知ってるよな。買ってってやるから、先行って待ってろ」
言いながら、エレベーターまで引っ張って行って、上行きの箱に僕を押し込んだ。
言われた通り、屋上に出る。
ベンチがいくつか置いてあるけど、今日は誰もいなかった。
寒い。冷たい風が吹いていて、誰も来ないのは当たり前だと思った。
小田島さんのために、一番日当たりの良さそうなベンチを選んで座る。
冷たい風は、意外と心地良かった。
小田島さんは、西谷さんと一緒にやって来た。
「久保田のこと心配してウチのフロアに来たみたいだったから連れて来たぞ。嫌なら帰す」
「森山さんからちょっと様子がおかしいって聞いてさ。森山さん、心配してたよ」
そういえば、森山さんは、今西谷さんのチームと仕事してるんだった。
「言われてみれば、小平さんもちょっといつもと違うし。一昨日のこともあるし、気になっちゃって」
「一昨日ってなんだ?何かあったか?」
「いや、大したことじゃないですから、気にしないでください」
「気になるなあ」
「俺と久保田君の秘密ですよ」
「なんだそれ、気持ち悪い」
言いながら、小田島さんを真ん中にしてベンチに座った。
小田島さんが、袋から弁当を出す。
「ほれ、チキン南蛮。西谷も」
それぞれに渡す。膝に、ほのかな温かさが伝わった。
「……ありがとうございます」
自分でも驚くくらい情け無い声しか出なかった。
財布を出そうとしたら止められた。
「そんな弱々しいヤツに払ってもらおうなんて思わねえよ。とりあえず食おうぜ」
「ごちそうさまでーす」
「西谷は弱ってないだろ」
「えー」
「まあいいよ、食べろ」
「やった、いただきまーす」
2人は弁当を食べ始める。
僕は、食欲は全くなかったけど、とにかく開けて、チキン南蛮を口に入れた。
太一君は、頼んだらこれも作ってくれるだろうか。
「……西谷さん」
「ん?なに?」
「小平さんがいつもと違うって……」
「ああなんかね、集中しようとしてるんだよね」
「それ、いつもじゃないのか?」
「いつもは、意識しないで段々と集中モードに入ってく感じなんですよ。でも今日は『集中するぞ』って、わざとやってるみたいで。それって、気を散らすことがあるからでしょ?」
それは……僕のことだろうか。
「言われないとわかんないくらいだから、いつも通りって言ってもいいけどね」
彼女も、少しは気にしてくれているんだろうか。
「小平さんは心配ないよ。昼休みに入ってすぐ中村さんにさらわれてったから」
その光景は、聞いただけですぐに想像できる。
クスッと笑ったら、小田島さんも笑った。
「見えるな」
「はい」
3人で抑えながら笑う。
笑いが収まって、小田島さんがご飯をほおばりながら言った。
「久保田二連敗か。イケメンなのに上手くいかないなあ」
「ほんと、なんででしょうねえ。よりどりみどりのはずなのに」
「寄ってくる中から選べばすぐなのに。その気はないんだもんなあ」
「ちょっと分けてほしいくらいでしたけどね」
「お、なんだよその過去形。もしかして元カノとうまくいったのか?」
西谷さんは顔をデレッとさせる。
「実は、一昨日、もう一回付き合おうってことになりました」
「おーおーうらやましいね、おめでとう」
そういえば、一昨日は仕事の後約束してるって言ってた。
「良かったですね、うまくいって」
そう言うと、西谷さんはへへっと笑う。
「久保田君のおかげなんだよ」
「え、僕ですか?」
「うん。一昨日、久保田君にヤキモチ妬かれて、考えたんだよね。反対の立場だったらどうかって。やっぱり嫌だなって思うだろうなって思ったんだ。それを彼女に話したら、あっちも同じように思うと思うって言ってくれて。で、正式にもう一回ってことになった」
だからさ、と西谷さんは続ける。
「お礼も言いたくて。そしたら森山さんが『久保田君が今日はおかしい』って言うから」
「おお、いい先輩だな西谷」
「俺一応久保田君の教育係だったんですよ?あんまり大したこと教えてないけど。心配してもいいじゃないですか」
「あはは、いいよいいよ。良かったなあ久保田。心配してくれる先輩がいて」
「……小田島さんもです」
声かけてくれて、弁当買ってきてくれて。
知ってるくせに、核心には触れずに気持ちを明るくしようとしてくれる。
「ありがとうございます」
僕もそうなりたいと、7年前も思ったんだった。
僕は2人に頭を下げて、弁当を残さず食べた。