夕ご飯を一緒に 〜イケメン腹黒課長の策略〜
夕方、太一君から『わかりました』という返事が返ってきた。
太一君のご飯が食べられないと思うと、思いの外テンションが下がる。
いつのまにか、必要度が上がっていたらしい。
それも、なんとかしないとなと思う。
これから、僕と彼女はどういう距離感になるかわからない。僕が夕ご飯を必要としてしまえば、彼女が負担に感じてしまうかもしれない。
いや、もともと負担になっていたんだよな、多分。他人が毎日夕ご飯を食べに来るなんて。
そう思ったら、また落ち込んでしまった。
気を取り直そうと、コーヒーを買いに行く。
自販機から缶を取り出して顔を上げたら、目の前に中村さんがいた。
「あ……お疲れ様です」
中村さんは、無言で僕の顔をじっと見ている。
鋭い視線だけど、敵意はなさそうだ。観察されているのか。
なんだろう。何か言いたいのは間違いない。
昼休みに、おそらく彼女と何か話したんだろうから。
しばらく無言で向き合っていた。
中村さんは、深いため息を一つつく。
「前に言ったこと、覚えてるでしょ」
「不幸にしたら許さない、ですか?」
正確には『あの親子を』というのが付いていたけど、意図的に言わなかった。誰が聞いているかわからない社内では、うかつに言えない。中村さんもそれは承知のようだった。
「そう。それ、まだ有効だから」
そして、中村さんは踵を返した。
そのまま去って行こうとする。
「え、ちょっと待ってください」
それだけじゃ、何がなんだかわからない。
中村さんはピタッと止まって、半身振り返った。
「意味は自分で考えて。わからないならそれでいい」
そして、行ってしまった。
僕は、ただその背中を見送ることしかできなかった。
なんなんだ。
『あの親子を不幸にしたら許さない』が『まだ有効』?
口の中で繰り返す。
繰り返しても、よくわからない。
とりあえずコーヒーを持って、席に戻って仕事を再開する。
ちっとも頭は働かず、結局終電までかかってなんとか終わらせた。