夕ご飯を一緒に 〜イケメン腹黒課長の策略〜
16.



「え、帰った……?」
 久保田さんを訪ねて別階に行ったら、営業2課の三原さんが教えてくれた。
 今は昼休みに入ったばかり。久保田さんは11時半くらいに帰ったらしい。
「なーんか顔色悪いし、ぼーっとしてて、生気がなくてね。昨日から調子悪そうだったし、今日やらなきゃいけないことだけやらせて、そんなんでいても邪魔よって言って帰したの。あれじゃ仕事になんてならないしね」
 三原さんはカラカラ笑っている。
「何があったんだか知らないけど、一昨日までは絶好調だったのに。重症よ、あれは」
 そう言って、意味ありげに微笑んで、システム2課を指差した。
「詳しいことはあっちの方が知ってるみたいよ」
 指差した先には、難しい顔でモニターとにらめっこしている小田島さんがいた。



「いや、詳しくは聞いてないんです」
 誰もいない屋上で、でも小田島さんは声を潜める。
「冗談のつもりで失恋したのかって言ったら、急に泣きそうな顔になって」
 言葉が出なかった。ショックだった。私のせいだ。
「ああ、そう。その顔」
 小田島さんは、私を見て苦笑する。
「今の小平さんと同じ顔してました。だから、慌てて昼飯誘って、ここで食べたんです。でもあいつが弱々しくて、結局なんにも聞けなくて。とりあえず飯食わせたら、ちょっとは元気になったんですけどね」
「そうですか……」
 昨日のお昼ご飯は食べたんだ。
 少しだけホッとした。

 朝、美里ちゃんから昨日の久保田さんの様子を聞いた。さっき三原さんから聞いたのと、大体同じだった。
 私は会っていない。
 夕ご飯を一緒に食べなければ、全く顔を合わせない。
 ここに来たばかりの頃がそうだったことを思い出した。

 いつのまにか、こんなに近くにいた。

「で、あいつは失恋したんですか?」
 小田島さんが、聞く。
「小平さんの今の顔見てると、もしかして違うんじゃないかなって思うんですが」
 苦笑から、笑顔になってる。
 どう答えたらいいのかわからなくて、目を伏せた。
「あの、どう、なんでしょうか……」



 昨日、昼休みが終わるギリギリまでかかって、美里ちゃんに話した。
 私の恐怖の原因。
 美里ちゃんは、最後まで聞いてくれて、そして言った。
「あいつに話してみなよ。それでもまだ怖かったら、すっぱりあきらめてもらえばいい」
 それでも躊躇する私に、更に言った。
「自分の正直な気持ちを話せば、どんな結果になったって、すっきりするよ。後は、あいつがどのくらいの度量があるかよ」
 楽しみね、と美里ちゃんは黒く微笑んだ。
 度量があるのと受け入れてもらえるかどうかは違うんじゃないかなあ、と思いつつ。
 一晩考えて、決意して。
 話そうとして来た。



「あいつはね、好きな人が幸せなら、他の相手とくっついても、自分の気持ちは飲み込んで、見守ってるようなヤツなんですよ」
「え……?」
「噂で聞いたことあるでしょう?あいつの爆弾失恋旅行発言」
「ああ……はい」
 何もしなくても耳に入ってくる、久保田さんの噂の一つだ。
「あの時、あいつが好きになった人にはもう他に相手がいて、付き合う寸前だったんです。まだお互いに気持ちを確かめ合う前で。あいつはその気になれば、まだその2人の間に割り込むことができたはずでした。でも、しなかった。それどころか、その2人をくっつける後押しまでしたんです」
 小田島さんは、遠い目で空を見上げた。
「おかげで2人は無事にくっついて、しばらくしてからの爆弾失恋旅行発言でした。なんで間が空いたかって、気付くのが遅かったんだそうです。自分から好きになったのが初めてだったらしくて、なんだかよくわかんなかったって」
 意外と不器用、と、くくっと笑う。
「でも、あいつは誰にも何も言わずに、1人で消化しようとしてた。その人が幸せで、笑ってるから、それでいいって。その時も、今みたいな顔してたなあ」
 噂だけで想像してたのとは違う久保田さんの姿。
 今知っている久保田さんなら、ちゃんと重なる。
「それからは、仕事ばっかり。ご存知の通り、寄ってくる女は山10個分くらいいるけど、かわしてかわして今に至るって感じです」
 小田島さんの口調は軽いけど、久保田さんのことを心配して見守ってきたことがわかった。
「特定の彼女は作らずに、ずっと1人で。そんなのも有りかと思ってたんですよ。でも、現れた」
 小田島さんは、ニカッと笑った。
「あとはお任せします。どうなっても、あいつの骨は拾ってやりますから安心してください」
 先に戻ります、と小田島さんは去って行った。

 いい先輩だな。久保田さんがうらやましい。
 私も、ここにいる間は、その恩恵にあずかれるかな。

 ふう、と息を吐く。
 見上げた空は青くて、前に久保田さんと一緒に見た窓からの空を思い出した。



< 57 / 83 >

この作品をシェア

pagetop