夕ご飯を一緒に 〜イケメン腹黒課長の策略〜
17. 圭


 夢みたいだった。

 彼女が家に来てくれて、キッチンにいた。
 僕のために、うどんを用意してくれていた。
 さっきまで眠っていたから、まだ夢を見ていて、目が覚めたら消えてしまうんじゃないかと思って、何度も確かめるように見ていた。
 目が合って、恥ずかしくなって背中を向けてしまったけど、それでやっと現実だと思えた。
 太一君の作った煮込みうどんは本当においしくて、冷えていた体に染み渡った。
 食後のお茶もいつもの匂いがして、心も落ち着いていった。
 彼女がいて、太一君の作った夕ご飯があって。
 この殺風景な家が色付いて見える。

 この光景を失いたくない。

 でも、もう駄目なんだ。
 彼女は太一君に言われてここに来ただけだ。
 僕はもう彼女の手を取ってはいけない。
 拒否されたんだから。
 もう、この思いは終わらせなければいけない。

 ふと、中村さんの言葉を思い出す。

 『あの親子を不幸にしたら許さない』

 『それ、まだ有効だから』

 もしかしたら。

 僕が彼女をあきらめて、彼女から離れたら、不幸にもできなくなる。

 ということは。

 僕が彼女をあきらめなければ、不幸にする可能性もある。

 『不幸にしたら許さない』が『まだ有効』なら。
 
 僕が彼女を幸せにできる可能性も『まだ有効』ってことなんじゃないか?

 いや、待て待て。論理が飛躍してないか?
 風が吹けば桶屋がもうかる、くらいのことになってる。落ち着け。

 でも。
 あの時中村さんは、『意味は自分で考えて。わからないならそれでいい』と言った。
 中村さんの物言いは、大体が直球ストレート。意味なんて考えなくてもいいくらい、裏も表もない。
 その中村さんが、大分遠回しに言ってきた。
 でも本質は変わらないはずだ。いつもが直球ストレートなら、単純に真逆にしてみたら。
 それならさっきの論理は成立するんじゃないか?
 中村さんが来たのは昨日の定時後だ。彼女から何かを聞いて、僕のところに来たはず。
 その上でのあの言葉なら。

 僕はまだ、彼女をあきらめなくていいんじゃないだろうか。

 彼女が僕の様子を窺っている。
 何かを話したそうな感じ。
 拒否するなら、昨日のでもう充分なはず。
 だとしたら、もしかして。

 微笑みかけたら、彼女から話をしてくれた。
 太一君の父親の話。

 聞いている間、太一君の父親に怒りが湧いてしょうがなかった。もし目の前にいたら殴っていた。所在がわかるなら、どんな手を使ってでも、社会的に抹殺してやるのに。

 彼女が、そのことで感じるようになった恐怖。
 それが、僕を拒否した理由。

 でも、僕は嬉しかった。
 失くすのが怖いと思ってくれている。そんな存在になれていた。
 彼女も、僕と同じ気持ちでいてくれた。

 それなら、取るべき道は決まっている。
 太一君の作った煮込みうどんは、僕の体に染み渡ってる。
 彼女のあったかさは、僕の手に、体に残ってる。
 恐怖なんて感じさせない。
 僕は、もう彼女を離さない。
 太一君も一緒だ。
 ずっとそばにいる。



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