夕ご飯を一緒に 〜イケメン腹黒課長の策略〜


 インターホンを押すと、カメラが切れるプツッという音がして、バタバタと中から聞こえてきた。
 ドアが開くと、笑顔の久保田さん。
「どうしたの?」
「これ、忘れてました」
 スマホを渡す。
「ああ、ごめん。今探してたところだった」
 照れたように笑う。
 今日は久保田さんの笑顔をたくさん見た。眼福過ぎます。
 私も笑顔を返すと、久保田さんが手まねきする。
「ちょっと」
 なんだろう、と思って一歩中に入ると、グイッと引き寄せられた。
 パタン、とドアが閉まる音が聞こえた。

 前みたいに、抱きしめられている。
 でも今日は、頭の中は真っ白じゃない。
 久保田さんのあったかさを、素直に感じていられる。

「忘れてラッキー」
「もしかしてわざとですか?」
「いや、本当に忘れた。でもこんなおまけがあるなら次も忘れようかな」
「じゃあ次は太一に届けてもらいますね」
「意地悪だなあ」
 軽くキスされて、私は固まった。
「おしおき」
 いたずらっ子みたいな笑顔。
 もう一生分頑張れます。お腹いっぱいで、動けなくなります。
「だから、あの……慣れてないので、こういうのは……」
 なんとか声を出したら、頭をなでられた。
「ごめん。でも可愛いからやめない」
 頭が沸騰しそうです。
「だってさ、好きな人とこうして抱き合ってるのに、何もしないなんて無理」
 そう言って、またキスをする。今度は軽くじゃない。
 深くて、熱い。
 もう、全身の血が沸騰して、とけてしまいそう。
 それなのに、久保田さんは更に追い討ちをかける。
「……抱きたい」
 キスの隙間でこんなこと言われたら。
 ガクッと膝の力が抜けてしまう。
「わっ」
 久保田さんが腰を支えてくれる。
「大丈夫?」
 私は首を横に振る。
「だから慣れてないって……」
 見上げたら目が合った。
「歩実、その顔……」
 途端に、噛み付くようにキスをされた。
 私は、久保田さんにしがみついて、倒れないようにするので必死だった。
 長いキスだった。

「ごめん……」
 キスの後、私をぎゅうっと抱きしめて、久保田さんが言った。
「我慢できなかった」
 私も、久保田さんの背中を抱きしめた。
「……謝らないでください。私も、したかったから」
 胸に顔を埋めたまま言うと、はあっとため息が聞こえた。
「そういうこと言うと、また我慢できなくなるよ」
「えっ……」
 見上げたら、久保田さんの顔は赤くなっていて、目には妖しい光がゆらめいている。
「あ、あの……」
 思わず目をそらしてしまう。
「……我慢してください……」
 はあっと、またため息が聞こえた。
 そして、またぎゅうっと抱きしめられる。
「とりあえず、これで我慢しとく」
 少し力が緩んだ。見上げると、妖しさは消えていて、優しい笑顔が私を見ている。
 手が伸びて、私の頭に置かれた。
「歩実の髪、気持ちいい」
 ゆっくりなでられる。私も気持ちいい。眠くなってしまう。
「明日も、夕ご飯、食べに来てください」
「いいの?」
「太一は、平日だけから毎日になったって思ってますから」
 久保田さんがクスッと笑う。
「なにそれ」
「そういう関係になったんでしょ、ってことらしいです」
「ああ、そういうこと」
 久保田さんが更に笑顔になる。
「認めてもらえたんだね」
「はい。多分、来ない方が心配かけちゃうので、来てください」
「うん……嬉しいね」
 2人で笑い合う。
 私も嬉しい。
「明日も、歩実が作るんでしょ?」
「その予定です」
「僕も手伝っていい?」
「え?」
「僕も、ちょっとずつ料理できるようになりたいと思って」
 少し照れながら、久保田さんが言う。
 可愛い。
「久保田さんならすぐできるようになりますよ」
「そう?」
「はい。じゃあ明日、連絡しますね」
 名残惜しいけど、帰ることにした。

 1階降りるだけなのに、久保田さんが『送る』と言って、ウチの前まで来てくれた。
 手をつないで階段を降りて。
 私を中に入れて、ドアが閉まるまで、笑顔で手を振ってくれた。

 もう、ほんと、夢みたい。
 こんなに幸せでいいのかな。
 バチが当たらないかな。
 不安にはなるけど、まだ怖いけど、この幸せを手放すなんて、もう無理だ。
 太一を産むと決めた時のことを思い出す。
 この子がいるなら、大丈夫だと思えた。実際そうだった。
 久保田さんは、自分の意思では離れないと言ってくれた。
 だから、多分、大丈夫。




 リビングに行くと、太一がゲームをしていた。昨日と同じだ。
「ねえ太一」
「んー?」
「久保田さん、明日ご飯作るの手伝いたいって」
「ふーん」
 画面を見たまま、気のない返事。
「なに作ったらいいかな」
「んー……」
 気持ちはゲームにいっているようだ。
 隣に座ってスマホでレシピを見ていると、太一が言った。
「ハンバーグ食べたい」
「ああそうね。いいかも」
 種をこねたり丸めたりしてもらったら、楽しいし、その間私は他のことできるし。
「太一も手伝ってよ」
「やだ」
 即答された。
 まあ、太一には平日頑張ってもらってるしね。
「ひき肉ないよ。パン粉も」
「あれ、そう?」
 さすが、食材の把握はばっちりだ。
「デミグラスソースがいい」
「ソースあるの?」
「ない」
 どっちにしろ買い物には行かないと。
「あ」
 太一の動きが止まる。
「えっなに?」
 ドキッとして、私の動きも止まる。
「タマネギもない」
「はあ……もう、何事かと思っちゃったよ」
 脱力。太一はあははと笑った。

 やっぱり太一の笑顔には、一番癒される。
 久保田さんには悪いけど。
 だって、久保田さんだと、癒されるけど、ドキドキもしてしまうから。
 思い出すだけで、胸が高鳴る。

 その高鳴りを抑えつつ、買う物をスマホにメモした。
 落ち着かないので、太一と一緒に布団に入った。
 ああそうだ。また『好き』って言いそびれちゃった。
 早く、ちゃんと伝えたい。
 そう思いながら、眠りについた。



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