夕ご飯を一緒に 〜イケメン腹黒課長の策略〜


 少しして、須藤さんが隆芳くんを迎えに来た。
 もう帰るというので、美里ちゃんとビルのエントランスまで送りに出た。
 隆芳くんたっての希望で、美里ちゃんと私と、3人で手をつないでいる。両手に花だな、と須藤さんが笑っていた。
 エレベーターを降りたら、久保田さんが帰って来るのが見えた。
「あれ……?」
 隆芳くんを見て、目を丸くしている。
 私達の後ろにいる須藤さんを見て、理解したようだ。
「大きくなりましたね。赤ちゃんの時しか見てないからなあ」
「うん。おかげさまで」
 名残惜しく抱き合っている隆芳くんと美里ちゃんの横で、須藤さんと話している。
 この2人が並ぶと、目の保養に大変良い。
 その横には可愛い隆芳くんと美里ちゃんもいるし。
 眼福だなあ、と思いながら眺めていた。
「また遊ぼうね、よしくん」
 美里ちゃんが言うと、隆芳くんは元気に頷く。
 そして、リュックから何かを取り出した。
「ゆうじょうのあかしだよ」
 折り紙の花だった。ピンク色。
「おとうさんと、つくった」
 はい、と美里ちゃんに渡す。
 美里ちゃんは感激でふるふるしている。
「ありがとう、よしくん!」
 ぎゅっと、もう一度抱きしめる。
 えへへ、と笑い合う2人は、とても微笑ましい。
 と、隆芳くんが、私に向いた。
「あゆみちゃんにもあげる」
 私にも、クリーム色の花を差し出す。
 しゃがんで、顔を合わせて受け取る。
「嬉しい、ありがとう。またね」
 笑顔で手を振る。
 隆芳くんと須藤さんは、手をつないで仲良く帰って行った。
 前に見た本田さんと須藤さんみたいに、周りがほわほわしている。
 それは、いつまでも見ていたい後姿だった。

 私の後ろで、美里ちゃんと久保田さんが、ぼそぼそ話しているのが聞こえてきた。
「ちょっと不安定だって、千波先輩が言ってた」
「隆芳くんですか?」
「うん。やっぱりお母さんいないし、生活が変わってるのが影響してるみたい。須藤がなるべく一緒にいるようにしてるんだって」
「ああ、それで在宅」
「保育園は昼までにしてるんだって。給食大好きだから」
「ははは、いい理由ですね」
 手の中の花は、端々が不揃いだけど丁寧に折ってある。
 今は不安定かもしれないけど、本田さんと赤ちゃんが退院して、4人家族での生活に慣れてくれば。
「きっと、いいお兄ちゃんになりますよ」
 私は振り向いて、そう言った。

 須藤さんの隆芳くんを見る目は、本田さんを見る目と同じだった。愛おしみ、慈しんでいる。
 きっと本田さんも、同じ思いだと思う。

 美里ちゃんが微笑んだ。
「そうね。なんたって千波先輩の子だし」
「須藤さんの血も混ざってますよ」
 久保田さんが茶々を入れる。
「いいのよそんなの。千波先輩と子ども達が幸せなら」
 そんなこと言ってるけど、そこには須藤さんのことも含まれているのがわかる。
 そう言えば「須藤が不幸だと、千波先輩が悲しむからね」とか返ってくるんだろう。
 全く素直じゃないんだから。そこが可愛くもあるんだけど。
「まあ、そこは同感です。僕も、あの一家は幸せでいてくれないと困ります」
 久保田さんが、ふっと笑った。
「あの2人をくっつけたの、僕なんです」
 ……え……?
「正確には、うじうじ片思いしてた須藤をけしかけて告白させたのよ、こいつが」
 美里ちゃんが、親指で久保田さんを指す。
「せっかくくっつけたんだから、幸せになってもらわないと、くっつけた甲斐がないですからね」
 なんでもないことのように、久保田さんは言う。



『あいつはね、好きな人が幸せなら、他のヤツとくっついても、自分の気持ちは飲み込んで、見守ってるようなヤツなんですよ』

『その2人をくっつける後押しまでしたんです』

『その人が幸せで、笑ってるから、それでいいって』



 本田さんが入院した、と言った時の反応を思い出す。
 あれは、そういうことだったのか。
 私が伝える順番を間違えたからだと思っていたけど、違ったんだ。本田さんを心配していたんだ。

 そういえば、最初に会った時も。
 わざわざ挨拶しにきたのは、本田さんだったから、なんだ。
 本田さんに向ける笑顔が、他の人へのそれと違っていたのも納得できる。

 数年前に失恋した相手を未だに思っている、という噂だった。
 初めて自分から好きになった人。
 あきらめられなくて、失恋旅行までして。
 それでも、すぐ近くで、見守ってきた。

 そっか。美里ちゃんが、久保田さんを敵認定しているのは。
 本田さんのことが、好きだから。

 少なからず、ショックを受けている自分がいる。
 産休前に、少ししか一緒にいなかったけど、憧れるには充分な魅力を持った人。美里ちゃんが慕う気持ちはよくわかるって思ってた。
 久保田さんが、本田さんを好きになっても全然おかしくない。

 そして、1つの疑問が浮かんでくる。

 もしかして……今も?
 まだ、好きなの?

 本田さんは須藤さんの奥様だ。
 2人はお互いを思い合っていて、誰かが入る隙なんて無い。
 久保田さんだって、それはわかっているだろう。

 だから?
 好きな人は振り向かないから。
 だから、他の人にしたの?それが私?



 考えを巡らせていると、久保田さんに肩をぽんとたたかれた。
「歩実、戻ろう」
「あっ、はい」
 少し先を行く美里ちゃんを追いかけて歩き出す。
 横に並ぶ久保田さん。見上げれば、相変わらず綺麗な顔が、私に微笑む。

 本田さんへの微笑みと、同じだ。
 能面じゃない、本当の久保田さんの顔。

 信じたい。
 本田さんの代わりじゃないって。
 私を好きになってくれたんだって。

 でも、一度抱いた疑念は晴れてくれなくて。

 胸の内に、いつまでもくすぶり続けた。




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