夕ご飯を一緒に 〜イケメン腹黒課長の策略〜
玄三さんのところに寄る、と言う母を見送って、彼女にメッセージを送る。
ーーー電話してもいい?
返事の代わりに、電話がかかってきた。
「まだ起きてた?」
『はい。まだ9時ですよ』
「寝てる時あるでしょ?」
『……ありますけど』
口をとがらせている顔が目に浮かんで、少し笑った。
『真理子先生は、お帰りになったんですか?』
「うん。それで、ちょっと話したくて」
『……はい』
電話越しでも緊張するのが伝わってくる。
「悪いことじゃないよ。歩実と太一君のことを話したら、早くちゃんと会わせろって。楽しみにしてるって言ってたよ」
『……ほんとですか……?』
「うん。ほら、病院に付き添いで行ったから、なんとなく予想はしてたみたいだった」
『ああ……そうなんですね』
「それで、現状を確認しに来たっていうことらしいよ」
『私達がここに住んでることは……』
「言ったよ。あと、夕ご飯のことも。びっくりしてた」
『そうですよね……』
「ああ、びっくりしてたのは、僕が夕ご飯をちゃんと食べてるってこと。あんなに食に興味がなかったのに、って」
彼女が笑う。
『本当に興味なかったんですね』
「うん。なんなら食べなくてもいいくらいだったよ」
『それは体に悪そう』
「よく怒られてた」
『太一の親子丼食べて調子が良かったのって、栄養摂ったからですよね』
「そうかなあ。太一君のご飯だったから、だと思うよ。他のもの食べても、調子いいって感じるほどじゃなかったし。相性いいんだと思ってるんだけど」
『そうですかねえ』
彼女はふふっと笑った。
「そうだよ。歩実のご飯も同じだよ」
『なんかおまけみたい。でも、ありがとうございます』
ちょっとは緊張がほどけただろうか。
その雰囲気のまま、話し始める。
「母の用件はね、子どものことだった。2人の子どもが欲しいなら、早い方がいいって。それが一番言いたかったらしいよ」
『え、あの……』
「なに?」
『もう、そこまで考えていただけてるんですね……』
「そうだね。でも、2人で決めたことなら、どうなっても口出しはしないって言われたよ」
『そうですか……』
「歩実は欲しい?」
『え……』
黙ってしまった。
「ごめん、聞いてみただけ。無理に答えなくていいよ」
『いえ、あの、なんか、スピードについていけてなくて。すみません』
「そうだよね。引っ越しもまだ落ち着いてないのに、ごめん」
焦ってる訳じゃないけど、つい聞いてしまった。
「あのね、僕は、子どもは太一君だけでもいいと思ってるよ」
『え……そう、なんですか?』
「うん。2人の子どもが欲しくないってことじゃないよ。まだよくわからないっていうのが本音かな。でも、とにかく太一君を1番に考えたいと思ってる。これからどうしていくかもね」
『……ありがとうございます』
彼女の声が、明るくなった。
『嬉しいです。そう言ってもらえて。でも……』
「なに?」
『久保田さんも、ちゃんと言ってくださいね。気を遣わないでください』
彼女の気遣いに、笑みがこぼれる。
「わかった。歩実もだよ」
『はい。……じゃあ、あの……』
「なに?本当に、なんでも言って」
『さっき、ちょっと聞きましたけど、ご両親は、本当に反対してないんですか?』
「うん、してないよ。母の反応を見る限り、反対どころか歓迎してた」
『でも、私、未婚の母だし、あんなに大きな子で、普通なら反対するんじゃないかと思って……』
「うーん……歩実は、母の職業を知ってるでしょ?」
『お医者さん……小児科医……』
「そう。小児科にはいろんな人が来る。未婚の母も、たくさんいるよ」
『それはそうでしょうけど……』
「あの人はね、驚くほどそういう偏見を持ってないんだよ。歩実が真っ当に子育てしてるのは知ってるし、太一君がまっすぐに育ってるのも知ってる。反対する理由はないよ」
『でも、お家のこととかは?家柄とか、関係ないんですか?』
「家柄?あー、ちょっと前ならあったかもしれないけど、もう関係ないよ。そういうのは、母が面倒って言って排除してるから」
『お父さん、は?』
「父は入り婿だし、なんのこだわりもないんだ。それに、母にべた惚れで『真理子さんがいいんなら僕はいいよ』が口癖だから、問題は無いよ」
『……べた惚れですか』
「うん。ちょっと引くくらいだから、会った時に驚かないで」
それに、と僕は続ける。
「母は、孫ができるって喜んでたよ」
『え、太一のことですか?』
「そう。なんて呼んでもらおうかなって、うきうきしてた」
『うきうき……』
「真理ちゃんなんてどう?って言ってたよ」
彼女が笑う。
『可愛いですね、真理子先生』
良かった。雰囲気が柔らかくなった。
「籍入れても入れなくても家族になるんでしょ、って言われたよ。母も父も、そこに混ぜてほしいって」
『どこかで同じようなこと聞きましたね』
「僕もそう思った」
2人で笑った。
「話の方が進み過ぎてる感じだけど、急がなくていいよ。僕は、歩実と太一君の近くにいられればそれでいいんだ」
一度、息をつく。
「だからさ、ゆっくりでいい。家族になろう」
近くにいたい。
いろんなことを共有したい。
嬉しいことも、悲しいことも、楽しいことも、全部。
これからも、ずっと。
『……はい』
嬉しそうな、恥ずかしそうな、でもはっきりとした彼女の返事が聞こえた。
どんな顔をしているのか、想像できる。
会っていたら、抱きしめていたに違いない。
「キスしたい」
彼女が息を飲むのがわかった。
『……だから、そういうのは慣れてないって……』
「慣れてよ。それと、そろそろ名前で呼んでくれると嬉しい」
『……がんばります』
小さな声が続いた。
『……圭さん』
ドクン、と胸が鳴る。
前に一度聞いた時よりも、体が反応する。
一瞬止まった息を、大きく吐いた。
「電話で良かった……」
『……私もです。顔あっつい』
「ああ、そっち?」
『そっちって?』
「僕は、今近くにいたら我慢できなくて押し倒しちゃうからなんだけど」
『う……』
きっと、更に顔を赤くしているに違いない。
ああ、可愛いな。
「こっちも、ゆっくりでいいからね」
『……はい』
今度は恥ずかしさ満点だ。
「でも我慢できなかったらごめん」
『…………はい』
消え入りそうな声だ。それも可愛い。
今日はこれで満足しておこう。
『あの、今週末、弥生さんを家にご招待しようと思うんです』
「ああ、先週はダメになったんだった?」
『はい。弥生さんが一度新居に行かないといけないって言って。でも今週は、空けてくださったそうなので』
「そっか。じゃあ土曜日は遠慮するよ」
『いえ、その……ちゃんと紹介したいと思って……いいですか?』
「もちろんだよ」
嬉しい。彼女達の大切な人に、紹介してもらえるなんて。
自然と顔がほころんでしまう。
「しっかり挨拶しないとね」
『いつも通りでいいんですよ。よろしくお願いします』
「こちらこそ」
その後、少し話して電話を切った。