夕ご飯を一緒に 〜イケメン腹黒課長の策略〜
「おいしかったです。ごちそうさまでした」
久保田さんは、あっという間に綺麗に完食してくれた。
私はまだ半分、太一は三分の一くらい残っている。
「お口に合ったみたいで、良かったです」
私が言うと、久保田さんはにこにこと笑顔を見せた。
「誰かが作ってくれた食事は久しぶりだったので、ついがっついちゃって。すみません」
がっついて、って、とてもそうは見えないくらい上品だったけど。
「太一君は凄いね。僕が5年生の頃はせいぜいカップラーメンくらいしか作れなかったけど、親子丼作っちゃうんだもんなあ」
太一は褒められて嬉しいくせに、仏頂面は崩さない。
「……めんつゆで、簡単に作ったんで、別に凄くないですけど」
ほら、嬉しいから受け答えしてる。
全く可愛いんだから、と母はニヤニヤしてしまう。
「味噌汁も出汁がちゃんと効いてておいしかったし」
「出汁入り味噌なんで」
「漬物は?」
「キュウリはウチのですけど、白菜は隣の大家さんからもらったんです」
「切り干し大根は?」
「レンチンで、昨日の作りおきです」
この会話の応酬はおもしろいけど、さすがに失礼じゃなかろうか。褒めてくださってるのに。
「太一」
割り込んでたしなめると、久保田さんが「いいんです」と笑った。
「時間もお金も節約しながら、おいしい食事を提供できるって、大人でもなかなかできないのに。本当に凄い」
私も、そう思います。
「お母さんは、助かりますね」
笑顔が私に向けられた。
太一が褒められたので、嬉しくて笑顔になる。
「はい、すっごく」
太一は、私をチラッと見て、そそくさと食器を片付け始めた。久保田さんと自分の分の食器を持って行く。
照れ隠しだ。母にはわかる。
からかいたいけど、久保田さんがいるので、さすがに我慢した。
太一1人では持ちきれなかった食器を、久保田さんが持って立ち上がる。
「久保田さん、お客様ですから座っててください」
私が言うと、久保田さんは頷く。けど、そのまま台所へ食器を運んだ。
「ごちそうさまでした、太一君」
太一に並んで、食器を置く。
「……ありがとうございます」
「洗うの手伝うよ」
太一は驚いたように久保田さんを見た。
「……いや、お客さんだし。後でまとめて洗うんで」
2人で、まだ食べている私を振り返る。
なんて……眼福!
太一が冷たい視線を寄越した。
「早く食べてくれないと、洗えないんだけど」
「はい、すいません」
慌てて食事を再開する。
「お茶入れるんで、座っててください」
私に、よりはいくぶんか柔らかい口調で久保田さんに言う。
久保田さんは、頷いて、戻ってきた。
「凄いですね、太一君」
やっぱり太一を褒められると嬉しい。顔が笑ってしまう。
「恥ずかしいんですけど、頼りっぱなしです。でも、他のも本当においしいんですよ。しょうが焼きとかから揚げとか、カレーもだし、あ、チャーハンもおいしいです」
嬉しくてペラペラしゃべってしまった。
久保田さんが、にこにこしてこっちを見ているのに気付いて、途端に恥ずかしくなる。
「自慢の息子さんですね」
恥ずかしいけど、照れくさいけど、素直に頷く。
顔は笑ったまま、親子丼の最後の一口を口の中に入れた。
温かい麦茶を飲んだ後、久保田さんはもう一度太一にごちそうさまを言って、帰って行った。
太一は最後まで仏頂面だったけど、やっぱり褒められて嬉しかったようで、私と一緒に玄関まで見送りに出た。
素直に嬉しがってもいいのに。可愛いやつめ。
まだ仏頂面で食器を洗う太一の背中が、今までよりもちょっと大きくなった気がした。