夕ご飯を一緒に 〜イケメン腹黒課長の策略〜


 片付けをしていたら、いつのまにか太一の姿がない。
 家は出て行っていないはずだと思って玄関を見た。靴はある。
 そっと肩を叩かれた。
 振り向くと、圭さんが人差し指を口に当てて、しーっという仕草をする。
 その指を、そのまま太一の部屋に向けた。
 太一の部屋のドアは閉まっている。
 そうっとドアに近付いて耳をそば立てると、グスッという音がかすかに聞こえた。
 圭さんは、困ったような笑顔を浮かべている。
 私達は、細心の注意を払って音を立てないように、リビングに戻った。



 リビングのドアを閉めて、ふうっと息をはく。
「こんな時、家が広いと助かりますね」
 念のために、声を潜める。
「そう?」
 圭さんも、合わせて声を潜めてくれる。
「前は、お風呂場で、だったので」
「そっか。歩実は大丈夫?」
「私は……淋しいけど、でも、弥生さんとはつながってる気がするから」
 圭さんはよくわからないという表情。
「両親と同じ感じです。遠くにいても側にいる、みたいな感じで……だから、泣かなくても平気です」
「そっか」
 そう言うと、圭さんは私の頭をぽんとなでて、片付けの続きを始めた。
 なでられたところに、圭さんのあったかさが残る。

 圭さんも、今の太一をそっとしておくことにしてくれた。
 私と同じだ。でも、特にこうしようって言った訳じゃない。
 圭さんが考えた結果が、私と同じだったんだ。
 もちろん意見が違ってもいいし、違う視点が必要な時もある。
 でも、多分今は。
 太一のことを理解して、太一を思いやって、太一に一番いい方法を選んでくれた。
 そのことが、凄く嬉しい。
 そして、それが私の考えたことと同じだった。
 それも、凄く嬉しい。

 この人と、同じ道を歩いて行ける。
 そう思った。

 食器を水で軽く流している圭さんの背中に抱きついた。
 気持ちがあふれて、我慢できなかった。
「……やっぱり泣きたくなった?」
 一瞬の沈黙の後、圭さんの優しい声がした。
 私は首を横に振る。
 圭さんはふふっと笑った。
「違うんだ。じゃあどうしたの?」
 伝えたいことはたくさんあって、なんて言ったらいいのかわからない。
 だから、一番シンプルな言葉を選んだ。
「……好きです……」
 圭さんが、固まった。
 私も恥ずかしくて、動けなかった。
「これからも、よろしくお願いします……」
 情けないくらい小さい声しか出なかった。ちゃんと聞こえたかな。
 圭さんは、黙って持ったままだった皿を水で流した。
「ちょっといい?」
 私の手をちょんちょんとつつく。動きたい、ということだと思って、手を離した。
 圭さんは皿を食洗機に入れる。
 無言だ。
 何か怒ってる?いきなり抱きついて、動けなかったからイラつかせちゃったとか。
 どうしよう、と思っている間に、圭さんは黙々と食洗機をセットしてスイッチを押した。
 くるっと振り返る。
 顔が、真っ赤だった。
「え……」
 思わず声をもらした時、グイッと抱き寄せられた。
「あの、圭さん」
「ほんとにさ」
 身動きできないくらい、しっかりと抱きしめられる。
「そんなに可愛いことばっかりすると襲うよ?」
「えっ⁈」
「これ以上ないくらい我慢してるんだから、煽らないで」
「あお……そんなことしてません」
「してるから。駄目だよ、ほんと。太一君いるから我慢してるんだから」
 圭さんの顔は見えない。声は甘いけど切ない。
「キスしたいけど、したら止まらなくなるから……」
 ぎゅっ、と力が込められた。
 私も、圭さんの背中に手を回した。
「こちらこそ、よろしく。末永く」
 顔を上げると、圭さんの笑顔があった。
 眩しいくらい綺麗な、優しい笑顔だった。
「はい。末永く」
 私も、笑顔を返した。多分、今できる最高の笑顔。
 目が合った。圭さんの優しい目を見たら、心の底から安心できた。
 幸せだ、と思った。
 この人と一緒に幸せになりたい、と思った。




 ドアの音がした。遠くから聞こえる。太一の部屋だ。
 私と圭さんは、ぱっと離れる。さすがに抱き合ってるところを見られる訳にはいかない。
 リビングに入ってきた太一は目を赤くしていたけど、なにも言わないので、こちらも知らないフリをすることにした。圭さんも、そうしてくれるみたいだった。
 3人で黙々と片付ければ、すぐに終わってしまった。

 私がお茶を入れて、それぞれ座る。
「そういえば」
 太一が口を開いた。
「座椅子、買わなくていいの」
 圭さんはきょとんとしてる。
「そうねえ、どうしようかなって思ってた」
 太一が言ってるのは、圭さんの座椅子だ。私達のは、前の家から持ってきてある。
「圭さんは、どっちがいいですか?」
 そう聞いたら、自分の分のことだとわかったらしい。
「ソファがあるから座椅子はいらないかなって思ってたんですけど」
 圭さんはいつもソファを背にして座っているから、寄りかかることはできているし、と思ったら、圭さんが目を輝かせた。
「座椅子がいい」
 ゲーム買ってあげるって言った時の太一みたい。凄く嬉しそう。
「実は、見ててうらやましいなって思ってたんだよね。でも場所取るし、と思って遠慮してた」
「大丈夫ですよ。じゃあ買いに行きましょうか」
 へへっと笑う圭さんは、太一みたいで可愛い。

 ひとつ、圭さんの物が増える。
 こうやって、ひとつずつ、一歩ずつ。
 『家族』に向かって歩んで行けたら。
 太一と、今まで進んできた道を。
 これからは3人で。




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