朝戸風に、きらきら 4/4 番外編追加
「上司やめるって何ですか」と聞いたら、まるでその時きっと咄嗟に決めたように、いきなり「その」と名前で呼んだ。
「お前も部下じゃないんだから敬語やめろ」と半ば強引に言われてから、仕事が始まるまでの朝の時間は、私もくだけた言葉づかいになった。
料理なんてしたこともなかった男の朝ごはんは、
最初はなかなか酷いものだった。
「無理しないで大丈夫です」
と焦りつつ伝えたら、
「煩い。あと敬語も戻ってる。」
と毎回、不機嫌そうに指摘された。
無茶苦茶な、辻褄合わせだ。
"_______その。"
そんな風に名前を呼んで、朝の訪れを知らせてくれる声に、私が毎日どれだけ鼓動が波打っているのか、この男はきっと知らない。
簡単に呼ばれるだけで、自分の名前は
急に特別な意味を持つように錯覚できた。
元同僚の男は、たった1人きりの上司になった。
その原因は、紛れもなく私がつくった。
お人好しな彼がくれた理由一つで、
私はこの、穏やかで優しい箱庭に居る。
毎日、懲りずに作って出してくれる朝ご飯は、
自然と少しずつ喉を通るようになってきた。
浅はかな自分がつくった自業自得の傷口も、
少しずつ、かさぶたになって、治っていると思う。
ずっとここに居るわけには、いかない。
____決別は、きっと必ず、私から。
分かりきったことを自覚すれば、
いつも簡単に胸がざわめいた。