朝戸風に、きらきら 4/4 番外編追加
___ピンポーン
「……え、」
考えれば考えるほど沈む気持ちに呼応するように、視線を足元に落として立っていた時。
全く予期せぬ音に、顔を上げつつ声も漏れた。
私が此処に来るようになってから、来客なんて一度も無かったし、宅急便か何かだろうか。
私が出ていいものか、と戸惑いと共にインターフォンを覗くと、カメラ越しでも麗しさの伝わる女性が立っていた。
た、立っていたというか、若干、睨みつけられているようにも見える。
バクバクと騒がしさが急激に増した心臓を押さえ、「はい」とおそるおそる応答した。
"こちらは、那津 依織さんのデザイン事務所で
お間違い無いですか。"
「は、はい!
えっと、アポイントのお約束でしょうか…?」
"……私も此処に行け、と社の人間に言われて来たもので、いまいちよく分かっていなくて。"
本人がよく分からないなんて、
そんなアポイントあるのだろうか。
というか、あの男は
なぜこのタイミングで出かけたのか。
気まずい沈黙の後、「とりあえずどうぞ…!」と慌てて促してオートロックを解除した。
◻︎
「初めまして。」
「は、初めまして。」
そして玄関で改めて視界に収めた女性は、やはり艶麗、が似合う美しい人だった。
Vネックの薄手の黒いニットに、アイボリーのクロップドパンツを合わせた、とてもシンプルな装いだけど、細く長い手足によってその着こなしはモデルのようだ。
「……ご挨拶が遅くなり、申し訳ありません。」
冷静で凛とした声で告げた後のお辞儀まで、綺麗。
す、と顔を上げた時には、
痛みの知らない艶やかで真っ直ぐな黒髪が輝いた。
「××にて研究職をしております、
香月 蘭子と申します。」
あまりにはっきりとした目鼻立ちは、
少し日本人離れしているかもしれない。
丁寧な挨拶を受けながらも、特に表情に動きがある訳ではないので、鋭い眼差しと相まって何故だか背筋が伸びる。
「青砥 その と申します。××さん…、」
彼女が口にした、どこか聞き覚えのある社名。
『私、那津さんの作品だと
あれが一番好きかもしれないです。』
『どれ。』
『あの、化学繊維メーカーの周年広告ですね。』
「…、あの周年広告の!!!」
直ぐに記憶を手繰り寄せて、私が1番好きだと本人にも伝えたデザインを依頼してきた会社であることに気が付いた。
ただ、興奮で声のボリュームを間違えてしまった。
「……あ、すみません。」
これからクライアントになるかもしれない方の前で、恥ずかしすぎると、謝罪と共に不自然に咳払いを落とす。
あの男がいつ戻るか分からないけど、とりあえず中に入っていただこうと「どうぞ」と声をかけようとした瞬間。
「…私はただの研究員で、こういったプロモーション関係の担当ではありませんし、クライアントでも無いです。
そんなお気遣いいただかなくて大丈夫ですよ。」
私の不審な挙動を目撃していた彼女は、漸くそこで、表情に少しだけ柔らかさが帯びた。
「……」
より一層、その美しさに見惚れたら、
私の失礼な凝視に気づいた香月さんに
「…表情筋が死んでますよね、私。
怖がらせてたらごめんなさい。」
「…え!?そんなことないです…!」
苦い表情で伝えられて、必死で首を横に振る。
だけどデザインの依頼じゃ無いのなら、
どういう要件なのだろう。
「__今日は、主人とその親友に頼まれて来た、
という感じでしょうか。」
私の疑問を察したのか、彼女は真っ直ぐこちらを見つめて、やはり凛とした声で伝えた。