朝戸風に、きらきら 4/4 番外編追加
「え。私に、ですか?」
「勿論です。お口に合うかは分からないですが。」
私がアシスタントとして使っているデスクの上を急いで片付けて香月さんを案内すると、シンプルなロゴだけが書かれたケーキの箱を差し出してくれた。
那津さん用だと思い、受け取って冷蔵庫へ仕舞おうとしたら、
「いえ、青砥さんと私の分のケーキです。
ちなみに那津君のは無いです。」
と、あっさり制された。
箱を持ったまま驚きに目を瞬くと、気まずそうに微かに整った眉が下がった。
「すいません、青砥さんのお名前は
先に那津君から伺っていました。」
◻︎
「私の主人と那津君は、大学の同級生です。」
辛うじて置いてあったマグカップ2つにミルクティを入れて、持ってきてくださったケーキと共に運ぶと、椅子に座っても姿勢の良さが分かる彼女が、そう教えてくれた。
背中に流している長い黒髪が、やっぱり艶やかに光っている。
「香月さんという方がいらっしゃっています!」と慌ててメッセージを送ったけど、あの男からは全く音沙汰が無い。本当に、どこで何をしてるのだろうか。
「同級生…」
「はい。主人は、空間をメインに、那津君はグラフィックメインでデザインを専攻していたようですが、学内の広告研究会で一緒だったらしく、仲が良かったみたいですね。
だからこそ、
青砥さんも覚えていらっしゃる、あの広告。」
「…はい。
那津さんの作品で、一番好きです。」
伝えたら、彼女は静かに私の言葉を受け止めて、桜色のついた形の美しい唇にほんの少しだけ笑みを乗せた。
「うちの会社の広報宣伝部に配属された主人が、周年記念広告を依頼する際に、代理店でデザイナーをしていた那津君に声をかけて実現したものです。」
「……そうだったんですか。」
友人に依頼されてつくったものだとは、
知らなかった。
「楽しそうでしたね。
那津君、よくうちの会社にもヒアリングとか来てました。
とにかく楽しそうに、2人で夜まで話したりして創り上げている姿が印象的でした。」
思い出を語る香月さんの声は、出迎えた時より少しだけ柔らかさが増した。
それがより一層、彼女を美しく見せる。
制作するとなると、部屋にこもりっぱなしのあの人が積極的にクライアントに会いに行っていた過去。
私が那津さんと働くようになった時には、そんな雰囲気は全く無かった。どこかいつも怠そうで、でもお人好しだから、私に押し負けて沢山付き合ってくれていた。
「…青砥さん?」
「あ、すみません。
やる気に満ち溢れた那津さん、あんまり想像出来ないと思って。」
正直に打ち明けたら、「ああ。ベースは屈折してますよね。」とやはり真顔で頷かれてしまった。
香月さんの言葉は全く忖度が無い。
「それでも私はデザインのことなんて何も分かりませんが、2人が一生懸命作ったあの作品、凄く好きです。
未だに那津君がうちに来たら、あの時のことをずっと話したりしてる大の大人2人の暑苦しさも、嫌いでは無いです。」
香月さんの旦那さんと、那津さんはそんなに仲が良いのだと実感しながら見つめていると、意志の強そうな眼差しにぶつかった。
「…急にフリーになったと聞いて、主人も私も驚きました。」
「……、」
「しかもアシスタントは、お一人だけなんですね?
相当、青砥さんを信頼して側に置いておきたいんですね。」
買ってきて下さったモンブランに伸ばそうとしていた手が止まる。
「……私が原因なんです。」
「…原因?」
「那津さんが、代理店を辞めたのは私のせいです。」
こうして他の人から、あの男の才能について耳にすればするほど、沢山の功績を生んだあの場所をあんな形で去ることになったことへの罪悪感が降り積もる。
___そのくせに私は出来る限りの時間、
此処に居たいと思う狡さを抱えてしまう。