朝戸風に、きらきら 4/4 番外編追加
笑顔に、ほのめく
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「……り、依織。」
優しい肩への衝撃に、重い瞼をゆっくりと上に持ち上げると、自然なカールを作る長い睫毛に縁取られた丸い瞳にぶつかった。
「……おはようございます。」
ちょっと戯けたような口調でそう伝える女はまるで以前、無遠慮にドアを叩いてきていた頃のような笑顔だった。
「…起こすの早くないですか。」
「もうあと数分でアラームが鳴ります。」
「……その数分、大事なんですけど。」
起きたての覇気のない声でぼやいたら、ふ、としゃがんでベッドを覗き込む女がやはり笑っている。
「…何。」
「…いや、やっぱり、
すっかり役回りが戻ったなと思って。」
そのまま「ねぼすけさん、起きてください。」と揶揄うようにまた告げて、俺の目にかかった前髪を優しくはらう。
役回りが戻った、というか。
俺が、お前が事務所に居たあの2ヶ月間、どれだけ苦労してアラームのスヌーズ機能と戦って朝起きていたか、分かってんのか。
勿論それは言わないけど、と思いながら髪に触れる細い指を握ったのは、半分無意識だった。
その手を取って、そこまで力を入れずにくい、と引っ張ると、あっさり重心を崩してこちらに傾く華奢な身体を改めて知る。
「……な、何?」
「アラーム鳴るまで、もうちょっと付き合って。」
「…私、起こしにきた筈なんだけどなあ。」
もっと腕を引っ張ってベッドへと誘導したら、特段抵抗は無い。
というか口では自分を律しつつも、結局布団におずおずと入ってくるところの素直さに、ふと笑みが漏れた。
「その。」
「ん?」
「おはよ。」
この言葉をちゃんと何気なく交わせることの意義を俺は多分、この女に出逢わなかったら知らなかった。
空気が無邪気に揺れるのを自分の鎖骨あたりで感じたら、そのまま向かい合って寝そべる女が「時間差だなあ」と可笑しそうに細い腕を背中に回してきた。
呼応するように俺も抱きしめたら、ふわり、自分と同じシャンプーの香りが頬を擽る艶やかな髪から仄かに香る。
嗚呼、なんか、こんな感じに近かった。
こいつに出会ってから感じてきた気持ちは、
際立った大きなものではなくて、
曖昧な中で微かに少しずつ、見えていくみたいな。
始まりは別に全く、煌びやかなものじゃなかった。