朝戸風に、きらきら 4/4 番外編追加
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もう長い間、空の色を気にすることは
日常において殆ど無くなっていた。
仕事が詰まっていたら、その目処がついた時が自分の中での「退勤」で、そのままこの狭い会議室で眠る。
起きたら何時かなんて、確認することも殆ど無い。
ただひたすらに、
デザインと向き合うだけの日々の中で生きていた。
いつも通り、(勝手に)持ち込んだ大きめのクッションで睡眠を取ろうと瞼を閉じかけた時、けたたましく、側の机に置かれたスマホが鳴った。
若干舌打ちを落としながら手にすれば、表示された名前に今度は溜息が漏れる。
「……はい。」
"お前、もしかして寝てた?"
「……まさに寝ようとしてた。」
"いや、今お昼なんですけど。
お前の仕事のコアタイムどうなってんの?
会社の人と、ちゃんと接してんの?"
呆れた声は、大学時代からずっと腐れ縁が続いている聞き馴染みのある男のものだ。
「…俺の仕事に、そういうの必要?」
"お前は……、
会社にあんまり信用無いのは分かるけど。
でもそこに居るみんなが、
そういう考えだとは限らないだろ?
お前の作品をちゃんと見てる人も居るよ。"
「…作品の「中身」を見てる奴なんか、
この会社にどれだけ居るんだろうな。」
片方の手の甲を額にあてて、寝そべったままに天井を見つめつつ告げた言葉は、単純な好奇心として処理するにはあまりにも、皮肉めいていた。
"…依織。
お前、ちょっと休んだ方が良いんじゃないの。"
「なんで。」
"働き過ぎて、前から屈折した考えが曲がり過ぎてもはや直線になってる。"
「おい。用が無いなら切るぞ。」
告げて本当に切ろうとしたら「おい!」と若干焦った声が届く。
"休めとか言っておいてなんだけど、仕事の相談。
今度うちで、大きいプロモーションやる。
絶対、お前に頼みたい。"
「…会社を通せよ。」
この男は、真っ直ぐな声で、
要望を真っ直ぐに告げてくる。
絶対に嘘は無いその言葉には、
なんとなく耳を傾けようとしてしまうから厄介だ。
"正式には勿論そうするけど、
お前のデザインが欲しいんだよ俺は。
たっぷり構想練る時間あげようと思って。"
「…本当にうちで依頼するかさえ決まってねーのに気が早過ぎるんじゃないの。」
"こういう時に上と戦うための「課長職」なので。"
「…お前みたいな厄介なのに捕まった蘭子は可哀想だな。」
"俺が一生幸せにするから、何も問題が無いな。"
この男の物腰の柔らかさと、人当たりの良さそうな笑顔は第一印象から人を惹きつける。
でもその実態は、「欲しい」と思ったものを逃さない策士的な部分が大きかったりもする。
これは本当に、一部の人間しか知らないと思う。
というかよくそんな歯の浮くようなセリフを
俺に言えるな。せめて、あの女にだけにしてくれ。
「とりあえずまたお前に、プロモの概要を送る」と言われて、漸く電話を切る。
深く息を吐き出したら、今度は続けざまに、滅多にノックされない会議室のドアがそこそこの大きさで叩かれる音が聞こえた。